泣きながら抱きついた女子大生の恐ろしい復讐 46歳男性が“不倫未遂”でうつ病になったワケ

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紗織さんの思い出

 遼一さんが大学の入学式で隣り合ったのが紗織さんで、一目で魅せられた彼から話しかけ、たまたま同じ学部だということもわかって仲良くなっていった。本格的につきあい始めたのはその年の冬で、周りからも公認のカップルとなるのに時間はかからなかった。

「紗織は本当に素敵な女性でした。僕も彼女も大人のつきあいは初めてで、苦労しながらもひとつになれたときはふたりで泣いた。彼女のことは大好きだったし、何の不満もなかったから、卒業したら結婚しようと言っていたんです」

 就職したらゆっくり会えないかもしれないと、3月末にふたりで旅行をした。そしてそれぞれに新しい世界へと羽ばたいた。

 彼はそこから仕事に打ち込んだ。紗織さんの研修先が関西だったこともあり、電話のやりとりをするのが精一杯だった。研修から戻ってきた彼女は再三にわたって会いたいと言ってきたが、そのときは彼が忙しくて会えなかった。

「8月くらいだったかな、彼女が電話で『大事な話があるの。私……』と言ったきり絶句したんですよ。そのとき、もしかしたら妊娠したのかもという思いはよぎった。だけど僕、『もう会えないかもしれないね』と言ってしまった。仕事を優先したい気持ちが強かったのは確かだけど、そのころにはすでに日奈子さんに惹かれていたのかもしれない」

 彼のその言葉に、紗織さんは「ひとりでやっていくわ」と言った。そこに込められた意味を彼は知ろうとしなかった。知るのが怖かったのだろう。たとえ電話とはいえ、長年つきあってきた彼女が、何か重大なことを抱えているのは気配でわかるものではないだろうか。彼は彼女の発言を封じたのだ。

「しばらくは気になっていたけど、そのうち仕事と日奈子さんに気持ちをもっていかれて。その後、大学の同期から紗織と連絡がとれないと言われたけど、僕も知らないと言うしかなかった……」

恐怖と罪悪感からうつ病に…

 その紗織さんがこの世にいないとは。そして目の前の怜子さんは、どうやって彼が父親だと知ったのだろう。

「母は過労で倒れて、病院に行ったらすでに末期のがんだった。苦しかったはずなのに働きづめで病院にも行かなかったんでしょう。緩和ケアができる病院に転院したんですが、長くなると医療費がかかると自ら命を絶ちました。それが私の大学の合格がわかった日で、受かったことを携帯メールで知らせた直後でした。その後、母のタンスの奥から昔の日記が出てきたんです。あなたのことばかり書いてあった」

 怜子さんはそう言った。すぐに遼一さんに会いに行こうと思ったが、もっと“効果的な”再会方法を考えていたのだという。

「恨んではいませんと怜子ちゃんは言ったけど、そんなはずはない。紗織も怜子ちゃんも僕を恨んで当然だと思う。だけど紗織には謝ることもできない。怜子ちゃんも、今さら認知も必要ない、金銭援助もいらないと言う。むしろ紗織と怜子ちゃんふたりに、不要な男だと烙印を押されたような気がしました」

 その後、彼はうつ状態に陥った。そのままコロナ禍に突入し、仕事も激減した。代わりにアルバイトでもしながら仕事が復活するのを待とうと思ったが、とても気持ちがついていかなかった。

「家族はコロナのせいで僕が落ち込んでいると思っていたようです。タイミングがよかったのか悪かったのか。僕はうつ病の治療をしながら過ごしていました。昨年あたりから少しずつ仕事も入ってきたけど、僕が仕事に行けない。妻が気づいて、『いいわよ、今までがんばってきたんだから、少しゆっくりして。経済的には何とかなるから』と笑ってくれた。すべて打ち明けたい気持ちもあったけど言えなかった」

 今年になって、ようやく彼は復調してきた。それでも、あのままだったら自分の娘と男女の関係になっていたかもしれないという恐怖、紗織さんへの消えがたい罪悪感からは逃れられないままだ。

「恐怖と罪悪感に少しだけ慣れてきたというだけで、何も解決していません。どうしたらいいのかわからないまま、怜子ちゃんとは連絡がとれなくなりました。電話番号を変えられてしまったから。家にも行ってみたけど、引っ越したようです」

 紗織さんからは未必の故意のように逃げた自分を思い出す。その娘は自分から逃げて行った。そしてそれを妻にも言えない現状。

「紗織の亡くなり方を考えると、もっと深い闇に落ちていきそうな気がします。だけど僕が塞いでいると大家族が心配するのもわかってる」

 遼一さんの頬がひきつる。目が潤む。取り返しがつかず、いても立ってもいられない気持ちが押し寄せてくることがあると彼はつぶやく。どうしたらいいのか、かける言葉が見つからなかった。

 ***

 さん付けで呼ぶ“姉さん女房”のもとに、子供たちと両親、そしてシングルマザーの姉と義母までが集い、遼一さんは幸せな大家族生活を送っていた。そこに突然現れた怜子さんの存在は、運命の悪戯としかいいようがない。

 気になるのは、妻に「さん」を付ける遼一さんが、かつての恋人は「紗織」と呼び捨てにしていることだ。それは「日奈子さん」にはない心の距離の近さゆえか。それとも妊娠している可能性を抱きつつ一方的に切り捨てた、冷たさゆえなのか。家族との関係からはなかなか見えてこない、遼一さんのもう一つの面が、「沙織」という言い方に透けているように思える。

 怜子さんと接近するにあたり、遼一さんに下心がまったくなかったといえば嘘だろう。“触らぬ神に祟りなし”といってしまえば沙織さん親子に失礼だが、浮足立ったところを思い切りすくわれた例として、心に留めておくべき点はあるかもしれない。

 いずれにせよ、もし怜子さんと関係を持ってしまったら、遼一さんのメンタルは現在と比にならなかったはずだ。今後、遼一さんは罪悪感と共に、大きな過ちを犯すことをひきとめてくれた「日奈子さん」の存在に感謝して生きていくことになるだろう。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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