「嫌なことは結局しない」「仕事を辞めるのは脳が折れるタイミングで」 養老孟司さんとヨシタケシンスケさんが語り合った「仕事論」「幸福論」

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「好きこそものの上手なれ」か「石の上にも三年」か。

「仕事に我慢は付き物」か「無理して働く必要なし」か。

 立場や経験によって意見はさまざまなので、正解はないというのが正解なのだろうが、誰しもが考えたことがあるテーマだろう。

 突き詰めていえば「どのような働き方が幸せにつながるのか」という問いである。

『バカの壁』『ヒトの壁』等で知られる解剖学者の養老孟司さんと、『りんごかもしれない』『欲が出ました』等で知られるイラストレーター、絵本作家のヨシタケシンスケさん――二人とも、若い人から仕事や生き方の相談を受ける機会があるという。ちょっと世間の「常識」とは別の角度からの視点が大いに共感を集めている二人なら、この問いに対してどう答えるのだろうか。

 養老さんを特集した雑誌「芸術新潮」11月号に収められた二人の初対談から、それぞれの「仕事観」や「幸福論」が語られた部分を抜粋・引用してみよう。

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直感はかなり正しい

ヨシタケ 自分に向いていないことは、直感としてわかりますよね。若い方から「どうやって夢を見つけたらいいんですか」「自分が何に向いているかわかりません」という相談を受けることがあるんですけど、よく言うのは「自分の直感はかなり正解率が高いから、根拠がなくてもそれを信用していい」ということ。もちろん、やってみないとわからないこともたくさんあるけど、後から努力して挽回できることの割合はけっこう低いです。これをやるぐらいならこっちで我慢する、というラインを早めに見つけた人の方が、幸せといわれるものに近い生活が送れるんじゃないかと思います。

養老 嫌いなことはできないし、できないことはやる気が起きないから、いつまで経っても着手できない。結果として、やらないままになります。

ヨシタケ 人間、いくつになってもひどい目には遭うもので、誰も悪くないのに、誰も幸せにならないような状況になるのは、もう、相性の悪さとしか言いようがない。こういう仕事をしたくないから今までがんばってきたはずなのに、やっちゃったな~というようなことが、僕はいまだに2、3年に一度はあります。普段どれだけ恵まれているかを思い出すために、そういう目に遭うのかもしれませんけど。記憶をたどってみると、そういえば最初のメールの文末表現が気になってたんだよな、とか、挨拶の時に先方がのってない気がしたんだよな、と思い出す。ちゃんと伏線があって、映画の予告編のようなものがちょっとずつ挟まっていたことに後で気がつくんです。そして最後に恐怖の答え合わせがやってくる。先生はそんな時、どうされます?

養老 じっとしているしかありませんね。じたばたしても無駄だから。もちろん昔は、若いうちなんて気持ちに余裕がないから違いましたよ。楽になったのは大学を辞めてから。勤めていると難しいことがたくさんありますよ。

会社が向いている人もいる

ヨシタケ 僕も大学院を出てから半年間だけサラリーマンをやったことがあります。自分には組織の中で働くのは無理でしたけど、会社って、向いている人にとっては最高かも、と納得できました。自分が休んでも誰かが代わりにやってくれるし、いろいろ保障もしてくれる。みんなでリスクを分散して富を分かち合うシステムは、すごい発明ですよね。でも僕の場合は、もうちょっと頑張ろうよと頭では考えても、身体が拒否した。もうあと半年いたら、間違いなくおかしくなっていました。いちばん辛かった時によくやっていたのが、掌をじーっと見つめて、そこに小人の姿が見えるようになる練習。自分の意思の力で脳内に自分にしか見えない像を結ぶことができたら、現実の世界も我慢できるはずだと思ったんです。

養老 その時のヨシタケさんには必要だったんでしょうね。我慢のしすぎがいちばんよくないです。

ヨシタケ その後、幸いにも脳ミソ側が、もう限界だから辞めようと、折れる日が来ました。ただ、会社を辞めて独立しようかどうしようか悩まれている編集者さんやデザイナーさんのお話を聞くことがありますが、悩んでいる途中に無理やり辞めると後悔することもあるから、脳が折れるタイミングまで待った方がいいと思います。

養老 大学を辞めた時も、前からやりたくないとひたすら言い続けてはいたものの、その後どうしようなんて、いっさい考えていませんでした。

理屈には限界がある

ヨシタケ 大学では学生たちに教えなきゃいけないですよね。教育という行為にも向き不向きがあると思うんですけど、僕は直接、教育現場の最前線で、子供ひとりひとりに手を差し伸べられるかというと、たぶんできません。絵本を通して、後方支援的に、作ったものを届けることしかできない。

養老 突き詰めると、教育なんて無理なんですよ、どんな問題だって解決するのは本人なんだから。僕は学生の頃から、教育熱心な先生のことを、余計なお世話だと思っていました。ものごとは結局、自分で学ぶべきで、「自習」してゆくしかない。作家の高橋秀実さんが『道徳教室 いい人じゃなきゃダメですか?』という本で、日本の小学校の道徳の教科書を考察しているんです。小学校の教科書には最初に方に「みんなで考えましょう」というのが出てきます。でも「考える」という行為は、本来は一人でしかできないことなので、みんなで考えるというのは、矛盾しているんです。自分がどうするかを、最初から他人も含めて考えなきゃいけないなんて、子供だって不思議に思うことです。僕が大学を辞める時は、もちろん引き止めた人もいたし、困るという人もいたけれど、説得されてもこちらの心には響かなかった。理屈じゃないですから。

ヨシタケ 僕はどちらかというと理屈っぽい人間ですが、理詰めでものを考えていくと、わりと早い段階でわかるのが、世の中、理屈で動いているわけじゃない、ということですね。理屈で解決できる問題は、世の中に3割くらいしかない。

養老 大学の難しいところはそれで、理屈を教えているんだけれど、その理屈は実際に行動する時には役に立ちません。理屈というのは常に後付けですからね。

ヨシタケ 理屈が通らない大人側の事情について、自分が弱い人間だからこそ、気持ちがわかっちゃうところもあります。そういうものが積み重なった先にものすごくグロテスクなものがでてくるかもしれないので、そうならないように、子供たちの日々の小さな選択の角度をちょっとずつ変えていきたいと思うんです。180度変えるのは無理でも、1、2度ずつ変えて5年、10年続けていれば、かなり違う方向に持っていけるんじゃないかと思います。

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 対談の中で、養老さんはこんな話もしている。以前、子供からの質問に答えるというNHKの番組に出演した時のこと、「どうしたら幸せになれるか」という質問が来たのだそうだ。

 養老さんはこんなふうに思ったと語っている。

「子供がそんなことを考えること自体が不幸せじゃないですか? 大人が『幸せはこうだ』と定義して当てはめていませんかね」

雑誌「芸術新潮」11月号 特集「養老孟司の目」は、この対談の他、山下裕二氏、坂口恭平氏との対談、さらに年表、名言集、佐渡紀行、秘蔵フォトを収めた養老さんの大特集となっている。

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「芸術新潮」編集部

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