「日本人が急いで本気で考えたほうがいいこと」 84歳、養老孟司さんが語るモノサシの重要性

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 直近では『80歳の壁』(和田秀樹)が代表格だが、このところ『老いの福袋』『九十八歳、戦いやまず日は暮れず』『おひとりさまの最期』等々、高齢者をメイン読者にしたとみられるベストセラーが定期的に生まれている。

 40歳にして惑わず、50歳にして天命を知る、などといった「論語」の時代とは異なり、今は70歳も80歳もまだ人生を模索しているということなのだろうか。

『バカの壁』などで知られる解剖学者の養老孟司さんは、こうした本が読まれる背景についてこう語る。

「まさに高齢化社会ということなのでしょう。本を読むことで、自分の年齢に価値を見出したい人が増えてきているのではないでしょうか」

 その養老さんも最近、「老人本」ともいえる本を出した。『年寄りは本気だ』――生物学者、池田清彦さんとの対談だ。養老さんが現在84歳、池田さんが75歳。虫仲間の二人は何を「本気」で語ろうとしたのか。養老さんに話を聞いてみた。

“モノサシ”の不在

「まあそのタイトルは出版社がつけたんですけどね。池田さんも後期高齢者だけど、私とは世代が違って、いわゆる団塊の世代にあたります。私は団塊嫌いみたいに言われることもあるのですが、妻も団塊の世代ですし、この世代の友人は多いんですよ。

 池田さんは、テレビの視聴者にどう見られているかはわからないけれど、ものごとの本質をつかんで、ずばりと表現ができる人です。ことの良し悪しを言うのに必要な『モノサシ』を持っています」(養老さん)

「モノサシ」というキーワードは同書にも登場する。そしてモノサシの不在が日本の抱える根本的な問題点だと養老さんは語っている。どういうことだろう。

「たとえば、日本の食料自給率が低いことがよく問題にされます。一時期、農林水産省がすごく取り上げました。そういう時には、『日本の食料自給率は4割程度』などと言われるのですが、これはカロリーベースの計算で、穀物主体の数字なので、ここには家畜の飼料も含まれています。最近、飼料を除いた数字が発表されて、そちらはもう少し自給率が上がっているようですが。

 この数字とは別に生産額ベースで見ることもある。その場合、自給率は7割以上となっているんですが、それは国産品のほうが値段が高いからです。

 単純に数字で実態を知ろうとしても、いろんなトリックが入っているからなかなか難しい。

 食料自給率の問題は大切だ、というのは誰もが言うことでしょう。ところが、それを把握する際、何をモノサシとして測ればいいのかよくわからない。そこに合意が無いからです。日本を実質的に捉えるための基準がはっきりしていないのです。

 だから、そのことについて議論しても宙に浮いたようなものになってしまう。

 そもそも、そういうモノサシは誰が考えるべきなのか。政治家なのか、経済学者なのか、そこもよくわかりませんし、定まっていません」

 何の数字を重視すべきなのか。誰がそのモノサシを決めるのか。どう決めるのか。

 コロナ対応でもまったく同じ問題が生まれている。いまだ解決が遠いと考える人も多いようだ。

コロナとウクライナ戦争に共通するのは「日常性の破壊」

 養老さんは、コロナ以降のことも心配だという。

「コロナ禍は大きかったでしょうが、今後もいろんなショックがやってくるでしょう。首都圏直下型地震もあるでしょう。南海トラフ地震に至っては、近い将来、来ることがはっきりしている。知り合いの尾池和夫さんの説では、2038年頃だと予測されています。あと16年と考えると、やるべきことも見えてくるというもの。

 そのときどれだけの損害が出て、何をちゃんとしておけばいいのか。この前の戦争みたいに東京が更地になったとき、最初に手をつけるべきことは何なのか。

 そのことを考えていくには、根本的にこの国が何に依存しているかを絞り込んでおかなければいけない。優先順位を決めなければいけないのです。

 そうでないと、国民の間に大きな枠組みでの合意ができませんし、いざというときの自給自足も成り立ちません」

 養老さんが「本気」で心配しているのは、災害が来ることではなく、そのあとのことだ。

「コロナとウクライナ戦争に共通するのは、日常性の破壊です。戦争や疫病、また自然災害は最初はそのこと自体が事件性を持つから、大きな話題になります。でも、本当に重要な問題は、その間やその後、どうやって日常性を回復して、維持するかです。環境問題というのは、言い換えれば、日常性の維持問題。今の都市生活のような日常を維持しようとすると、その日常自体が日常を破壊することになる。

 SDGsとか持続可能性というのは、日常を破壊しない日常の確立を目指すということでしょう。

 南海トラフ地震が、日本社会の日常にどう影響するか、その後の復興がどういう日常を目指すかは、これからの日本を考えるうえではとても重要です」

『年寄りは本気だ』の中で、池田さんはこう話している。

「ロシアがウクライナに侵攻したこともあって、『有事』というとすぐに銃を放つ戦争を連想するけど、一般的に言えば、非戦闘的な有事にどう備えるかというほうが重要だ。その最たるものが自然災害でしょう」

 合計159歳、ニ人の「年寄り」の本気の問題提起をどう受け止めるか。

デイリー新潮編集部