巨人、西武、阪神…リーグ優勝を逃した“歴史的取りこぼし”を振り返る!

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巨人ファンが最も悔いを残した試合

 応援するプロ野球チームがリーグ優勝目前までいきながら、最後の最後でまさかのV逸……。その要因は、天王山の一戦に敗れただけではなく、下位チーム相手の「不覚の1敗」が痛かったという例も多い。そんな“歴史的な取りこぼし”の試合を振り返ってみたい。【久保田龍雄/ライター】

 巨人ファンが最も悔いを残した試合として知られるのが、1986年10月7日のヤクルト戦である。

 同年、巨人と広島のV争いは終盤までもつれにもつれた。巨人は74勝47敗1分で首位に立ちながら、69勝45敗11分の2位・広島にマジック5が点灯するという大混戦だった。ただし、巨人が残り2試合に連勝した場合、広島が残り5試合で1敗でもしたら、巨人の3年ぶりVが決定する。状況的には巨人有利と思われた。

 1戦目の相手は、16勝8敗1分と相性の良い最下位・ヤクルト。巨人は9月下旬から8連勝中とあって、ファンも勝利を信じていた。

 だが、先発・槙原寛己が2回に力みから3連打で1点を先制されてしまう。味方打線も高野光の前に5回まで無安打に抑えられ、重苦しいムードが漂いはじめた。

 そんな悪い流れを一気に変えたのが、4番・クロマティのバットだった。6回2死三塁のチャンスに左越えに起死回生の逆転2ラン。巨人ベンチはまるで優勝が決まったような騒ぎになった。

“巨人に引導を渡した男”

 ところが、その裏、思わぬ落とし穴が待ち受けていた。1死からレオンに四球を許した槙原は、次打者・ブロハードへの2球目が真ん中低めに入ったところを左中間席に運ばれてしまう。

 たまに本塁打を打っても穴が多く、新聞でも「今季限りでクビ」と報じられていた助っ人の「ここしか打てない」“ツボ”への失投だった。槙原はショックのあまり、マウンドにしゃがみ込んでしまった。

 だが、まだ1点差。王貞治監督は、斎藤雅樹、鹿取義隆とつないで打線の援護を待ったが、7回途中からリリーフした荒木大輔に無安打に抑えられ、2対3でゲームセット。

 この時点では、広島が残り4試合で2敗すれば、優勝の可能性も残っていたが、それも広島の3連勝で叶わぬ夢となった。たった1本の本塁打により、首がつながった形のブロハードは、“巨人に引導を渡した男”として長くファンの記憶に刻まれることになった。

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