ペロシ訪台で浮び上る習近平のジレンマ 昔の方がアメリカに対し毅然とした態度を取っていた

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95年の高官交流停止

 95年、台湾の李登輝総統が母校であるアメリカニューヨーク州コーネル大学の同窓会に出席した。この時、中国の江沢民政権は李登輝の訪米に反発し、高官交流を停止。予定されていた中国国防相の訪米も二度延期した。当時の中国の国防費は今のおよそ二十分の一。それでも具体的・実質的な対抗措置に踏み切った。アメリカが台湾を国家であるかのように扱い、台湾のリーダーを賓客として迎え入れることは、中国共産党には受け入れがたいことだ。だからこそ、今よりもはるかに巨大な相手であったアメリカに対して、高官交流停止などの措置に打って出たと言える。これはメンツの問題なのだ。

 中国のある外交官は、今回のペロシ議長の台湾訪問が中米関係を質的に変えることになると警告する。「これまで中国はアメリカを競争関係にあるパートナーと位置づけてきた。アメリカが中国に敵視政策をとっていても、中国は敵とは思っていないということだ。しかし、今回の件でアメリカを敵視せざるを得なくなるだろう」と。

 また、「今後アメリカに対して、経済的な措置や高官交流停止を打ち出すことになるだろう。ただし、徐々にだが」とも話す。

 論語には「聴其言而観其行」(その言を聴き、その行を観る)という一文がある。言葉も大事だが行動はもっと大切だという意味で、中国人がよく使う慣用句だ。

 中国はこの秋に5年に一度の共産党大会が控えていて、今は人事の駆け引きの真っ最中である。親分たる習近平が言葉通り行動に移る=アメリカに対して厳しい措置に出れば、二国間関係は悪化し、中国の国内経済への打撃は避けられない。ゼロコロナで四苦八苦している中国経済をこれ以上悪化させて良いのかという議論が党内でも必ず出てくる。

 一方で、言葉だけで行動が伴わなければ、習近平は口先だけだと判断し、党官僚たちは人事で好き勝手なことを言うだろう。せっかく3期目の国家主席続投を揺るぎないものにしても、足元の人事では面従腹背の者ばかりという事態になりかねない。中国の駐米大使は出世の登竜門だが、今回ペロシ訪台を許してしまった現在の秦剛大使が、秋に向けての人事でどうなるのかは一つの注目点だ。

 習近平としては、今回のペロシ訪台は本当に苦々しいものだったに違いない。事前にバイデンと直接話して強く釘を刺したのに、これではメンツ丸つぶれだ。丸焼けになるのはアメリカなのか、習近平自身なのか。10年間の強気外交の結果がいま試されている。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。初監督作品にドキュメンタリー映画「完黙 中村喜四郎~逮捕と選挙」。

デイリー新潮編集部

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