新自由主義の中で働く人の「心」に何が起きているか――東畑開人(白金高輪カウンセリングルーム主宰)【佐藤優の頂上対決】

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加熱と冷却

佐藤 私はここ20年ほど、心より脳に重心が傾きすぎていると感じていました。ソ連時代の精神療法がまさにそうでしたが、脳を少しイジれば、問題は解決すると考えている。でもほんとうにそうなのか。脳は脳で研究すればよく、心まで追い出す必要はない。

東畑 マーケットと資本は生物学と相性がよくて、「心」をどこかへ追いやったといえるかもしれません。佐藤さんのおっしゃったソビエトの心理学は「行動」に主眼を置いています。行動の内側でごちゃごちゃ葛藤しているのが心ですが、新自由主義のもとでは、やっぱり行動主義は相性がいいですね。

佐藤 だから心よりも、行動の基本となる社会制度や政策に関心が向かうわけですね。

東畑 心理学の世界でも、10年ほど前から環境調整が非常に大切だといわれています。例えばDVや虐待の問題は、心をどうこうする前に、関係者を引き離して、被害者を安全なシェルターに入れることが重要です。つまりまずシェルターを確保しなければならない。あるいは、東日本大震災の時でも、心のことを傾聴する前に、水や食料が必要で、寝る場所も確保する必要があった。安全な環境は心の前提です。社会が壊れてしまっているので環境の整備はとても大事。ただ、それだけでは事足りないのも人間です。

佐藤 実際に東畑さんはカウンセリングをされています。いま、やってくる方にはどんな傾向がありますか。

東畑 いまは新自由主義の中で激しい競争をしてきた人が多いですね。言語能力が高く、仕事ができます。その有能性によって鎧を作って闘ってきた。でも何か問題が生じると、鎧によって覆われてきた脆弱な部分が漏れ出てくるんですね。

佐藤 それはどんな分野ですか。

東畑 みなさん、家族やパートナーシップなど親密な関係の問題が多いですね。

佐藤 私が教えている同志社大学の学生にも、心のもろさを感じます。同志社の最大の問題は、学生が受験戦争の中途半端な勝者であることなんですね。彼らは子供の時から偏差値競争で、どんどん頑張るようにあおられ、しかし入試の段階になると「君のレベルはこのくらいだから」と志望校を下げさせられる。加熱と冷却です。受験のたびにそれが繰り返され、みんなヘトヘトになっている。前学長の松岡敬さんは加熱と冷却について、「金属に焼きを入れるのと同じだ。焼きを入れると硬度が増して切れ味は鋭くなるけれども折れやすくなる」と言っていました。彼は工学部出身で機械設計や複合材料の専門家なんです。

東畑 よくわかります。なぜ強い鎧をまとわなければならないかといえば、外部の環境が厳しくなっているからです。加熱されて必死に闘い、負けてしまえば、絶望的状態になる。自立して自分の力で生きていかないと破滅してしまう。これは時代の空気です。

佐藤 競争で勝つことを叩き込まれ、かつ加熱と冷却を経験すると、人生はすごく不安なものになります。

東畑 特にいまの高校生や大学生は、自分の「強み」を見つけないと、就職できないと思っているじゃないですか?

佐藤 そういう強迫観念はあるでしょう。中学から受験だと小学4年生から塾に通います。もう幼い頃からそう刷り込まれているでしょうね。

東畑 このところキャリア教育が喧伝されています。子供や若者に、仕事に必要な能力や態度の育成をしようということですが、それがすべてに通底して、自分らしさを見つけることでも、「食えるのか、食えないのか」といったツッコミをまず自分自身で入れてしまうようになっている。

佐藤 それでクタクタになっていますよ。

東畑 競争は勝てば勝つほど不安になっていくものです。しかも小舟というのは、たった一人で競争することになりますから、余計に不安になる。「負けても大丈夫」という何かが必要なのだと思います。

佐藤 成果主義の中で、大丈夫な負けはなくて、負けは絶対的な負けになってしまっている。

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