夫婦で「秘密のパーティー」を楽しむはずが… 妻を寝取られた夫が今さら持ち出す“彼女の過去”

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 今年6月、静岡県湖西市の宿泊施設で行われた、120人近くが集った「乱交パーティー」が摘発された。主催者ふたりは「公然わいせつ幇助」、現場にいた別のふたりは「公然わいせつ」の容疑で逮捕された。

 こうした催しには、恋人同士や夫婦で参加する例も珍しくないという。法的な問題はさておき、当の二人が「納得」さえしてれば、第三者がとやかくいう趣味ではないという意見もある。今回ご紹介するのは、その「納得」がすれ違っていたケースといえるかもしれない。20年以上にわたって男女問題を取材し、『不倫の恋で苦しむ男たち』(新潮文庫)などの著書があるライターの亀山早苗氏が、当事者に話を伺い、その胸中を明らかにする。

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 乱交パーティーやスワッピングなどを楽しむ人たちはいつの時代も一定数いる。「秘密ですが」と「私にもその種の趣味がある」と打ち明けてくれたのは、石崎遼太郎さん(48歳・仮名=以下同)だ。7歳年下の史奈さんと結婚したのは、彼が29歳のとき。彼の勤務する会社に彼女が学生アルバイトとしてきたときに「頭がクラクラするような衝撃」を受けたのだという。一目惚れだった。1年間、「友だちとして」たびたび会った。その間、彼は口説き続け、彼女が大学を卒業する直前に結婚した。

「彼女の両親には大反対されました。そりゃそうですよね、大事に育てた娘を僕のような何の才能もない男にさらわれるなんて……。『うちの近くに住むこと。娘が別れると言ったらすぐに離婚に応じること』という条件を出されました。離婚ありき、みたいな結婚だったんです(笑)。婚姻届を出したのも結婚式から1年後のことでした」

 遼太郎さんが史奈さんに一目惚れした理由はわからない。わからないから一目惚れなのだが、「とにかくこの人だと、体中に電流が走った」のだという。

「僕は恋愛経験が多いほうではなかったし、女性心理にも疎い。彼女と友だちとして会いながら、そういう話もしました。ただ、彼女がとても聡明な人だったから、つきあうことができたのかもしれません」

 彼は当時は会社員だったが、親が経営する不動産関係の会社で、いずれ社長になることは決まっていた。それなりに地元で信頼される会社になってはいるが、祖父から父へと続いた信頼であり、自分は何者でもないと彼は言う。そんな謙虚さが史奈さんの気持ちを動かしたのかもしれない。

「うちは3歳違いの妹がいるんですが、家業は妹が継いだほうがいいとずっと思っていました。僕より成績もよかったし弁も立つし。妹に継いでもらおうと思って、僕は大学卒業後、よその会社に就職したんです。だけど妹は大学を出るとさっさと自分のやりたい道へ進んでいった。僕が26歳のとき、父が『おまえに託す』と。僕は父が40歳のときの子なので、当時の父は早く経営者として育てなければと焦っていたようです。でも今でも僕は経営者という器ではないと思っています。周りが助けてくれるのでやっていける」

 父は息子に権限を譲ってから5年ほど、いろいろ教えてくれたが、ある日、急死した。彼がもうそろそろやっていけると思った時期だった。

「その後、なぜか母が自分が社長になると言い出して一悶着あったんです。本当は私が継ぐのがいちばんいい、なんて騒いで。どうやら一回り年下の母は、自分の人生を父に阻害されたような気持ちが強かったようです。両親は、親戚の紹介でのお見合いで結婚したんですが、なんだか裏には母の実家と父の実家でドロドロしたものがあったらしい。母が結婚しなければ実家の稼業がたちゆかなくなるとか、そんなこと。僕はとうとう詳細は聞きませんでしたが、母が亡くなったあと、親戚からそんな話を聞きました」

 母が家業を継ぐ話は、もちろんすぐに立ち消えとなったが、父に従順でおとなしかった母が積年の憎悪をまき散らしたような気がして、彼はかなり落ち込んだ。そんなとき、地元の街のイベントで事務局を担当することになり、あまりの忙しさに1週間だけ雇ったアルバイトが史奈さんだった。そして一目惚れしたのである。

 そのときは主にイベント関係を担当してもらったのだが、連絡の取り方、報告の仕方、どれをとっても完璧だった。すでに就職先も決まっていると聞き、「優秀な学生なんだな」とは思ったが、彼女への思いは強くなる一方で自分を止めることはできなかった。

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