生稲晃子がまさかの当選 「秋元康人脈」にはなぜ中毒性があるのか?

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閉塞化する社会でますます高まる「秋元氏コンテンツ」需要 かつてAKBにアドバイスした生稲議員の今後はいかに

 金が無い、出会いが無い、将来への希望も無い。社会は閉塞化し、ひろゆき氏が予言した「無敵の人」による事件も目立つ。そんな「自分はこんなに我慢してるのに」という社会で、秋元氏が絡む人物や企画は実にのびのびしている。我が物顔にふるまっている、ととらえる人も多いだろう。一時代前のノリにも、妙な風通しの良さがある。

「吉祥寺ルーザーズ」や「ユーチューバーに娘はやらん!」は、みんなワチャワチャしているし、デフォルメされすぎたキャラも存在を許されている。「ユーチューバー~」「あなたの番です」など、ラストも賛否両論を呼ぶ。伏線とか演技力とかマーケティングとかどうでもいい、ここでどんでん返しをしたい。世間に何と言われても、自分の見たいものを見たい。そんな秋元氏の欲望が全開だ。それは「だからどんな人間でも、どこか面白いところがある、いる意味がある」というメッセージに受け取れないこともない。

 秋元人脈やコンテンツが、コミュニケーションに悩む人を救う側面がある。それは言い過ぎかもしれないが、彼が手掛けるアイドルや企画を通じて、「誰かと話したい」「自分の考えを聞いてほしい」という欲望をかなえる人は多いのだろう。すでに平手さんの演技にしろ、生稲議員の是非にしろ、議論は盛り上がっている。だから時代を超えても廃れない、むしろ閉塞化した社会でこそ受け入れられると言っては言い過ぎだろうか。

 ちなみに生稲氏、2011年のバラエティー番組ではAKBに「秋元さんの力に甘えるな。自分で力をつけないとこれからが大変」「必ずブームは去る」と語っていた。その10年後に議員になるとは。さて、見たこともない偉業を残すか、見たこともない失態を演じるか。たとえ後者になったとしても、秋元先生だけはお喜びになるかもしれない。

冨士海ネコ

デイリー新潮編集部

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