成長できる日本の中小企業をどう支援していくか――望月晴文(東京中小企業投資育成株式会社社長)【佐藤優の頂上対決】

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企業と生産性

佐藤 菅義偉内閣のブレーンだったデービッド・アトキンソン氏は中小企業の生産性の低さを問題視して、中小企業再編論を唱えていますね。

望月 日本経済の生産性が伸びないのは、まったく成長しようとしない中小企業が原因で、それを保護しているからいけない、というわけですね。だから中小企業基本法が諸悪の根源とされた。

佐藤 死んでいるのに金融機関などから生かされている「ゾンビ企業」という言葉も生まれました。

望月 でも、日本にある350万社の中小企業を十把一絡げにして考えるのがおかしいですよ。日本経済の基盤となっている中小企業はせいぜい数十万社で、100万社くらいは小規模な小売業だったりするわけです。

佐藤 零細の小売店も会社組織にしていますからね。

望月 それも含めて99.7%が中小企業です。確かに中小企業と大企業の付加価値の割合は半々です。だから99%で5割は効率が悪いといえばそういえるかもしれない。でも雇用の7割は中小企業が抱え、大企業は3割です。日本経済の安定性を考えれば、7割の雇用を支えている中小企業は非常に大事です。

佐藤 違う役割を持っている。

望月 生産性が相対的に低い中小企業をどんどん潰して大企業ばかりにすれば、失業者を大量に生むことになります。生産性を上げるのは労働効率を上げることですから、そんなに人はいらない。だからそれを推し進めれば大失業時代が来る。それを失業手当や生活保護などの社会保障でカバーするんでしょうか。そんな社会は不健全極まりない。

佐藤 いまでも国家財政における社会保障費関係は約35%もあります。

望月 多少安い賃金かもしれないけれども、自分で働いたものから得た収入で、それに見合った暮らしをする。それが誇り高い人間を生みます。

佐藤 まったく同感です。

望月 生産性という観点なら、大企業が自身の生産性を上げるのにどれだけ努力しているのかと思いますね。いま内部留保が大企業全体で400兆円以上あるでしょう。資本主義の論理からいったら、そうした状態を放置する経営者は真の経営者ではありません。

佐藤 投資をしないわけですからね。

望月 経営者の役割は、自分に預託されているお金を貯金することではない。それを活用して付加価値を生むのが仕事です。設備投資に使うか、研究開発に使うか、あるいは自分の会社が成長するためのM&A(企業の合併・買収)に使わないと意味がない。

佐藤 内部留保は長年積み上がる一方です。

望月 一番資本効率がいいのは、会社の成長部門に設備投資することです。それからちょっと時間がかかるけれども、大きく戻ってくるのが研究開発投資。M&Aは、実は一番効率が悪いんです。時間を買うという意味では効率的ですが、相手をうまく取り込めるかは未知数です。すごくいい技術がある会社を買収しても、買われた方は二流国民のようになってしまうんですね。その技術は買収先で大きく展開するかもしれませんが、彼らに次の技術を生む力はなくなってしまう。中小企業では、経営者が24時間考えているから生まれる技術がある。そうした環境ではなくなると、それまでのようなアイデアが出なくなる。

佐藤 つまり活力が失われてしまう。

望月 いま岸田内閣が「成長と分配の好循環」と言っていますが、それには人材投資が一番いいんです。いまAIを始めとするIT技術の導入で生産性を上げることは比較的簡単にできます。すると機械がやる作業が増え、人が余ります。その人たちを辞めさせるのではなく、新たに考える作業、付加価値を高められる作業をしてもらえるようにしなければならない。例えば、ITを運用するにも教育が必要です。そこに会社がお金を出す。そうして前より価値のあることをやれば、当然、賃金は上がるわけです。

佐藤 中小企業の問題としては、もう一つ後継者問題がありますね。

望月 事業承継は一番大きな課題です。ファミリービジネスの最大の使命は、後継者にバトンを渡すことで、それは同時に価値でもある。会社が永続するためには、変化しなくてはいけないわけですが、一番いいのは経営者が代わることです。創業者が長くトップを務め、成功は収めたもののいくつになっても辞めず、体の調子が悪くなるまでやってしまうと、だいたいうまくいかない。やはり年を取ると、世の中の変化はわかっても考えるのが面倒になるんですね。だから適切なところで、後継者に譲らないといけない。

佐藤 成功体験のある創業者にとって、現状変更は大きなリスクに見えるでしょうね。

望月 子供は親のやることを見ていて、自分だったらこうすると考えている。すると社長を任されたとたん、それを実行に移すものですよ。

佐藤 ただ、いまは子供が嫌がったり、継ぐべき子供がいないケースも多いでしょう。

望月 その場合は、従業員のリーダーによるMBO(マネジメント・バイアウト=経営陣買収)が一番いい。会社のことも社員のこともよくわかっているのは内部の人間です。ただ問題は、うまく行っている会社ほど株価が高いんですね。会社のため、同僚のために経営は引き受けても、借金までして株を買うのはハードルが高い。そんな場合は、役員持株会を作る。何人かの役員で株を持ち、そのうちの一人が社長を務める。また従業員持株会も作って、弊社と3分の1ずつ持つと収まりがいい。

佐藤 協同組合的な経営を株式会社がやっても問題ないわけですからね。

望月 弊社は事業承継や資本政策の相談にも乗っています。中小企業をゆるがせにすることは、日本経済の基盤を危うくすることに他なりません。投資するだけでなく、経営のよき相談相手となり、幅広く成長を支援していこうと考えています。

望月晴文(もちづきはるふみ) 東京中小企業投資育成株式会社社長
1949年神奈川県生まれ。京都大学法学部卒、73年通商産業省(現・経済産業省)入省。91年資源エネルギー庁石油開発課長、97年本省産業政策局総務課長、98年会計課長、2001年原子力安全・保安院次長、02年商務流通審議官。03年中小企業庁長官となり06年資源エネルギー庁長官、08年から10年まで経済産業事務次官。13年より現職。

週刊新潮 2022年5月19日号掲載

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