「エンタメ」が鉄道業界の苦境を救う可能性 「ニコニコ動画」の功績は大きかった

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豪華なゲストたち

 筆者は、向谷さんに何度もインタビューをしたことがある。その何回目かのときに、向谷さんがシミュレーター制作の苦労話をしてくれた。

 向谷さんは、シミュレーター開発でもっとも苦労したのがプロパティライセンスだったと明かした。当時、鉄道会社にプロパティライセンスという意識は薄かった。向谷さんが鉄道会社に商品化の許諾を求めても、「そういったことは取り扱ったことがない」ことを理由に部署をたらい回しにされた挙げ句、返事をもらうまでに時間を要した。なかには、担当部署が不明ということで許可がおりなかった鉄道会社もあったようだ。

 当時、すでにプラレールやNゲージといった鉄道玩具はあった。それを踏まえれば、鉄道各社がプロパティライセンスに対して一定の理解があるようにも感じる。しかし、鉄道という人や物を運ぶことを第一義とする企業にとって、コンテンツビジネスやプロパティライセンスといった概念は希薄だった。

 コンテンツビジネスに疎かった鉄道各社が、そこに商機を見出すようになったのは「電車でGO!」がヒットしたことが大きい。そこから少しずつ、プロパティライセンスの裾野が広がっていく。

 JR東日本の子会社であるJR東日本企画は、鉄道車内や駅に掲出される広告を扱う代理店としての業務がメインだった。それは今でも変わらないが、現在ではライセンスビジネスにも力を入れる。「ポケットモンスター」や「新幹線変形ロボ シンカリオン」など人気コンテンツを扱う。

 こうしたライセンスビジネスは普段だったら交わることがないアニメやドラマが大きく影響を及ぼす。近年の事例で言えば、「週刊少年ジャンプ」で人気を博していた「鬼滅の刃」が劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」を2020年に公開。それに合わせる形で、鉄道会社も各地でSLを運行して需要の掘り起こしを図った。鬼滅ブームは翌年まで続き、同時に各地を走るSLでも鬼滅とのタイアップが見られた。

 ニコニコ超会議における鉄道も、普段なら交わることがない鉄道とニコニコとの化学反応を狙い、新たな鉄道コンテンツの可能性を広げようというものだった。それだけに、ニコニコ側は鉄道に力を入れた。それは、鉄道ブースに飛び入りで訪れたゲストからも読み取れる。

 2013年、フジテレビのインターネット放送局がニコニコ超会議を生中継。現場にレポーターとして現れたナインティナインの岡村隆史さんは、飛び入りで超鉄道のブースに登壇。岡村さんは鉄道の知識がゼロで、鉄道については右も左もわからないような状況だった。それでもステージに上がった岡村さんは、司会の向谷さんに促されるように作業用のヘルメットと作業着を着用。旗を振りながら、連結・切り離し作業の模擬実演を楽しんでいる。

 これら岡村さんの一連の動きは、事前に打ち合わせで決められていたようだが、岡村さんが訪問するブースのひとつに鉄道が選ばれていたあたりに、ニコニコ側の鉄道を盛り上げたいという意図を読み取ることができる。

 2014年には、自民党の石破茂幹事長(当時)がニコニコ超会議を視察。自民党幹事長がニコニコ超会議を訪れたのは、自民党がブースを出展していたからにほかならない。しかし、石破幹事長は会場を周り、そして鉄道ブースに立ち寄るとステージにも登壇。これは事前に打ち合わせをしていなかったサプライズ登壇で、石破幹事長の姿に気づいた向谷さんが石破幹事長をステージに招いた。石破幹事長は永田町きっての鉄道マニアでもあり、司会の向谷さんと石破幹事長は濃い鉄道談義に花を咲かせている。

 ニコニコが鉄道の盛り上げに尽力した成果もあり、期待していたネットと鉄道の化学反応は起きた。その一例としてあげられるのが、きゃりーぱみゅぱみゅさんの楽曲「にんじゃりばんばん」とMADのコラボ動画だ。

 ニコニコ動画に限定したものではないが、ネットでは個人が編集・合成・再構成して動画を作成することが流行した。これらをMADと呼ぶが、特にニコニコ動画はMAD制作との相性が良く、多くのMADが制作されていた。

 多くのMADのなかには、当然ながら鉄道系の動画もあった。ほとんどの鉄道系のMADは鉄道ファンの間でのみで完結していたが、「にんじゃりばんばん」のMADは鉄道ファンの枠を超えてきゃりー本人もツイッターでコメントするほど広く拡散された。

 MADが人気を博した一因には、プロパティライセンスが曖昧だったからということもあるだろう。しかし、プロパティライセンスが曖昧なままでは、内輪受けの域を出ない。サブカルといえば聞こえはいいが、プロパティライセンスが曖昧のままだとアングラ化してしまい、二の矢三の矢と続きが出てこない。これでは、一般層への広がりに欠けてしまう。

鉄道と「エンタメ」の問題

 こうしてニコニコが切り開いた動画エンタメは衰退。その後、動画エンタメは舞台をYouTubeへ移していく。ニコニコがYouTubeに覇権を奪われた理由は複数あり、それをひとつに求めることはできない。システム的にYouTubeが上だったという指摘もあるだろうが、なによりもプロパティライセンスの問題があった。

 YouTubeで高い人気を誇る「ゲーム実況」は、2018年に任天堂がゲーム実況におけるガイドラインを明確化したことがターニングポイントとなり、人気タレントが参入。これがYouTubeのゲーム実況人気を加速させていく。

 YouTubeでも鉄道動画はたくさん投稿されているが、残念ながら「ゲーム」「アニメ」「マンガ」ほどにはプロパティライセンスの問題に取り組まれていない。

 プロパティライセンスの問題以外にも、鉄道系動画には難しい部分がある。鉄道系動画は、配信・制作するクリエイター側が映像を撮って流すだけのもの、そこに解説を加えたものなど1次創作の域にとどまっている作品が多い。これはコアな鉄道ファンは余分な映像や解説を不要とすることに起因しているが、これでは同じような映像作品が大量生産されるだけで、鉄道に関心が薄い層へリーチできない。

 それでも、最近はスーツさんをはじめとする鉄道系YouTuberの活躍も目立つようになっている。こうした鉄道系YouTuberの活躍が活発化すれば、鉄道系エンタメの幅が広がる可能性は十分にある。

 光明は見えてきているが、鉄道会社がファン層拡大のためにエンタメ路線へ振り切るにはまだ時間がかかるだろう。その理由は、鉄道事業者が安全運行を第一にしていることが挙げられる。

 ただでさえ、昨今は撮り鉄による悩ましい問題がクローズアップされる。鉄道各社はYouTuberなどの動画配信者の対応にまで手が回らない。最近は自社でYouTubeチャンネルを開設する鉄道事業者も出てきているが、エンタメ性に乏しい。安全を考慮して、鉄道会社が慎重にならざるを得ない事情は理解できなくもない。

 しかし、鉄道業界はそんな悠長なことを言っていられない事態にも直面している。現在の鉄道業界はコロナ禍や人口減少などで経営的な見通しが暗く、沈滞ムードを打破できる好材料は少ない。

 安全運行は言うまでもないが、それと同時に鉄道系YouTuberや配信者たちとのうまい関係を築き、そこから新しいコンテンツやこれまでとは違う鉄道の楽しみ方を提案して鉄道業界全体を盛り上げる仕組みづくりが急務となっている。

 今年のニコニコ超会議に鉄道ブースが設置されることはなかったが、鉄道業界全体を盛り上げるためニコニコ動画にも、そしてYouTubeにも、なにより鉄道各社にも奮闘を期待したい。

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮編集部

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