「藤子不二雄A」が姪に初めて見せた涙 「藤子・F・不二雄先生の訃報を伝えると」

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 マンガ界の巨匠がまた一人、世を去った。「怪物くん」「忍者ハットリくん」「笑ゥせぇるすまん」「まんが道」……数多(あまた)の人気作品を生んだ藤子不二雄A。傍らに寄り添った姪が、初めてその思い出を語った。

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「さすがにブラックユーモア溢れる作品をものしてきた叔父です。最期は私たちにほんの少し“謎”を遺して逝ってしまいましたね」

 と語るのは藤子A氏の姉の娘、つまり姪に当たる、松野いづみさん。松野さんは、藤子A氏の個人事務所「藤子スタジオ」の社長も務める。叔父の家から徒歩10分の距離に居を構えるなど、子どものいなかった藤子A氏にとって娘のような存在であった。

「叔父は88歳でしたが、この4月の検査でも異常は発見されませんでしたね。週に1度のペースでゴルフに通い、以前と比べて回数は減りましたが、晩酌もしていました。突然のことに私もまだ驚いているんです」

「毎日何回も電話で話していたのに…」

 一人暮らしをしていた藤子A氏。高齢で、かつて心臓弁膜症の手術を受けていたこともあり、松野さんは日に5~6回は連絡を取るようにしていたという。

「最後にやり取りをしたのは4月5日の夕方です。“外に行くのが面倒くさい”と言うので、ご飯を作って持っていきましたが、変わった様子はありませんでした。でも翌日は何度掛けても電話に出ない。ただ、これまでも同じようなことがあったので“誰かに会っているのかな”と」

 7日は定期健診があった。松野さんが迎えに行くと、庭で藤子A氏は倒れていた。

「解剖を受け、1週間後、多臓器不全と告げられました。毎日何回も電話で話していたのに、何も言わずに逝っちゃったんですね」

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