「藤子不二雄A」が姪に初めて見せた涙 「藤子・F・不二雄先生の訃報を伝えると」

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プイッと席を…

 マンガ家には芸術家肌で内向的なタイプが多い中、生前の藤子A氏は、社交性豊かな人として知られていた。

「特に、ゴルフへの愛情は並じゃありませんでした」

 と松野さんが続ける。

「庭に大工さんに作ってもらった専用の棚があり、そこには200本では利かないくらいのクラブが収められていました」

 そんな趣味を生かしたのが、代表作のひとつ「プロゴルファー猿」である。

「飲むのも好きでしたが、どちらかといえば、お酒というより酒席が好き。人とワイワイやりたかったんだと思います。グラスに手がいくよりもしゃべりっぱなしということが多かった。ですからコロナ禍で酒場に行けなくなったのは本当に可哀そうでしたね」

 また、

「優しかったですが、こだわりも強い人でした。私自身、全盛期の叔父を間近で見ていたわけですから、年を取り、衰えていく姿を見せられるのが嫌でした。作品にヒネリがなく、ストレートにオチに持っていくような展開ですと“それは安直じゃないでしょうか”と言うことも。すると、これにはこういう効果があるんだ、と説明することもあれば、プイッと席を立ってしまうこともありました。それだけ自分の作品に思い入れがあったのだと思います」

「叔父の涙を見たのは初めて」

 座右の銘は「明日にのばせることを今日するな」。「今を楽しむ」がモットーだった。が、松野さんはそんな藤子A氏の涙を見たことがあるという。

「藤本先生(藤子・F・不二雄)が亡くなった時です。訃報を伝えると、かみしめるように涙を流していましたね。叔父の涙を見たのは初めてでした」

 葬儀は4月21日に終え、生家でもある富山県氷見市の寺に納骨されるとか。

「今頃は藤本先生に再会しているんじゃないでしょうか」(松野さん)

 35年前にコンビは解消したが、あの世でもずっと「二人で一人」なのかもしれない。

週刊新潮 2022年5月5・12日号掲載

ワイド特集「黄金郷へ」より

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