松本白鸚インタビュー なぜ高熱の日に最高の演技ができたのか

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「ぶる」のではなく「らしく」

 歌舞伎の世界には、「ぶるな」という言葉があります。一般的に言えば「取り繕うな」という意味になるでしょうか。芸能人ぶる、政治家ぶる、役員ぶる。ぶる人は、自分に自信がないから「ぶる」。それではいけない。「ぶる」のではなく「らしく」生きる。自然のままに。熱に浮かされてブロードウェイの舞台に立った27歳のあの日の僕は、まさに自然で「自分らしかった」のだと思います。

 これも歌舞伎の世界の言葉ですが、「役を演じる」ではなく、「役を勤める」と言います。ぎりぎりの状態で舞台に立っていたブロードウェイの僕は、自分でも知らないうちに「ラ・マンチャの男」を演じるのではなく、勤めることができていたのかもしれません。

 その時の思いのまま、これまで「ラ・マンチャの男」を勤めてきました。「長く続ける」という欲を捨てて無心に、無意識にやってきたら50年が経っていたということになるのでしょう。

役者にとっての夢とは

 もちろん、年齢を重ねるとともに若い頃のようには身体が動かなくなります。昼に「関の扉」をやって夜に「勧進帳」なんてことはもうとてもできない。また僕も人間ですから、人並みに苦しい時も、病める時もあり、近しい人を亡くし悲しみに暮れてもきました。

 しかし、それは劇場に来てくださるお客さまも同じはずです。そして、お客さまに日頃の苦難を忘れていただくのが役者の商売です。2時間なり、3時間なり、舞台を観る時間だけは、お客さまに「見果てぬ夢」の中を漂っていただいて楽しんでもらう。そのためには、痛いの、苦しいのなどとは言っていられません。お客さまに浮き世の憂さを忘れていただく、それが役者の夢なのですから。

「あるがままの自分に折り合いをつけるのではなく、あるべき姿のために闘う」

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