元公安警察官は見た ココム違反事件で逮捕された元通産官僚のあり得ない罪意識

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 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、かつてソ連通商代表部主席代表に籠絡された元通産官僚について聞いた。

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 ネットを検索しても全く出てこないが、公安捜査員が研修を受ける際、テキストとして使われる戦後の大きなスパイ事件がある。

「かつて都内に進展実業(新宿区)という会社がありました」

 と語るのは、勝丸氏。

「この会社は戦後まもない頃に設立された商社で、最初は駐留米軍の物資を調達していました。衣類や食料品、家庭用品などの他、基地を改装する時の建築資材も扱っていました。事業はうまくいき、急成長したのです」

 しばらくすると、ソ連と貿易を行うようになったという。

三角貿易

「1955年には、対ソ貿易では日本一の会社になりました。東西冷戦時代で、ココム(対共産圏輸出統制委員会)規制があったため、三井物産や三菱商事など大手は参入しなかったためです」

 1960年、通産省の森川守三氏が進展実業に天下った。彼は大連商業出身の満州引揚者だった。中国語が堪能で、通産省通商局市場第二課で中国貿易の決済担当者だった。

「森川氏は役人だった頃、進展実業のオーナーと知り合い、常務として迎えられました(その後専務)。1962年から63年にかけて何度もソ連に渡っています。また、通産省のかつての部下だった課長補佐に規制されている輸出品を胡麻化してソ連へ輸出できるよう依頼。その見返りに賄賂を渡していました」

 さらに、三角貿易という脱法行為も考えていた。

「最初、西側諸国のオランダやベルギーへ輸出し、そこからさらにソ連へ輸出するという手法で、法の網をかいくぐろうとしたのです。ところが、オランダやベルギーが三角貿易を嫌がって、実現はしませんでした」

 対ソ貿易の窓口は、東京・高輪にあるソ連通商代表部だった。

「クバノフ通商代表部主席代表(当時)と森川が頻繁に会っていました。クバノフは森川を料亭や高級クラブで何度も接待したそうです。そうして次第に森川を籠絡していったのです。現在のロシアスパイの手口とまったく同じですね」

 クバノフは何を森川に輸出するよう持ち掛けたのか。

「具体的には、半導体素子であるトランジスタの製造設備です。通信機器に使うココム規制品です」

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