東大前刺傷事件 社会心理学者が読み解く東大理III志望「高2被疑者」の“心の闇”

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動機の謎

 1968年の連続ピストル射殺事件(永山事件)では、容疑者が貧困家庭で育ったことが犯行に結びついたのではないかと、裁判では俎上に載せられた。「貧しい家庭で育った人が全て殺人犯になるわけではない」のは厳然たる事実だ。

 とはいえ、97年に死刑が執行されても、いまだ彼の境遇に同情する意見は散見される。

「ところが東大前刺傷事件の場合は、少なくとも現時点の報道を見る限り、被疑者の少年を取り巻く社会状況や家庭環境に原因を見出すことは難しいかもしれません」(同・碓井教授)

 デイリー新潮は1月25日、「東大前刺傷事件 同級生が見た高2容疑者 異様な生徒会長選の演説とひげヅラ動画」の記事を配信した。

 その中で、少年の「ひげヅラ」の写真を紹介した。奇矯な印象を受けるのは事実だが、彼が普通の家庭で育ち、成績も決して悪くはなかったことは事実だ。

 そんな高校生が、なぜあのような凶悪な事件を引き起こしたのか──こうした疑問も、事件への関心を高めているという。

「ただ、我々にとっては挫折ですらない体験でも、本人にとっては大問題ということはあります。私が勤務する大学で何かの折に聞いたのですが、学年で成績が3位だった中学生が5位に下がってしまったところ、深く落ち込んでしまったというのです。普通は『下がったといっても5位でしょ』となるわけですが、本人はそうは思えないんですね」(同・碓井教授)

思春期挫折症候群

 こうしたことが起こるのは学業だけではない。部活動においても似たケースがあるという。

「中学時代に野球が上手かった少年が、甲子園の常連高に進学したとします。ところが、よくあることですが、先輩どころか同級生も尋常ではないレベルだった。そう感じて、立ち直れないほど落ち込んでしまう生徒もいます。あるいは、甲子園を目指して頑張っていたものの県大会の決勝戦で敗れた高校3年生も同じでしょう。野球に興味のない人からすれば『なぜそんなに落ち込むのか』と疑問でしょうが、本人はひどく落ち込むものです」(同・碓井教授)

 碓井教授によると、「大半は日が経つにつれて強いショックを忘れていき、普通の精神状態へ戻っていく」という。だが、中には忘れることができず、引きずってしまう者もいる。

「思春期の挫折体験によって、抑うつや不登校、引きこもり、暴力行為などが引き起こされてしまうことを、心理学の世界では“思春期挫折症候群”と呼びます。多くの学生は『上には上がいる』、『自分の分を知る』ことを学びながら成長していきます。誰もが東大に合格できるわけではありません。それでも勉強を続け、他の国立大学や私立大学に進学するわけです。ところが、今度の事件を引き起こした高校生のように、挫折体験のショックから立ち直れない学生もいるのです」(同・碓井教授)

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