唐津で出会った「理想の78歳」 昭和のサラリーマンと対照的な姿に感動(中川淳一郎)

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 先日唐津にある「波戸(はど)岬 サザエのつぼ焼き売店」へ行った時、理想の78歳男性に会いました。「理想の78歳」ってのはかなりヘンテコリンな言葉ではありますが、「あぁ、私の30年後の人生を生きている人がこんなことをやっていてうらやましい……」と心から思いました。

 この「売店」は海沿いにあり、店の中にはいくつものブースというか屋台的な炭火焼き用の場所があり、それぞれに女性が1人いて、サザエ・イカ・カキ(季節限定)・アワビ(あるかどうかは時の運)を焼いてくれ、酒も飲めるのです。

 どのブースの人も親切で「ジュースやったらあそこの自販機で買ってきてよかよ」なんて言う。そしてとにかくこれら魚介類が絶品なんですよ。

 そこへ長身の老紳士と年輩婦人がやってきました。

「ヨッ、社長さんですか?」と聞いたら照れくさそうにおばちゃんは「夫です」と言い、そこから夫さんは経歴を喋りました。

 最初は農協に入り、その後、九州電力に転職、2年間の雇用延長を経て漁協関連の仕事をし、その後はウニを素潜りで取っているそうです。さらには農業もやっており、おばちゃんと一緒にニンニクを作って近くの「道の駅」に卸している。庭には橙が勝手に育っているとのことです。

 おばちゃんも恐らく70代でしょうが、二人して商売を続け、体を動かし続けている。なんと素晴らしい人生でしょうか。

 さて、日本はかつて強かった家電や金融の分野でも弱体化し、ITはGAFAやアリババに席巻され、国際的な企業はない。そんな中、ウニとニンニクとサザエですよ!

 これだったら需要は絶えないでしょうし、金持ちの台湾人・中国人に輸出することもできるでしょう。もはや日本の強みは第1次産業と飲食店しかないのかな、と最近感じる私としては、この夫妻こそが理想の生き方だと感じられたのです。

 翻って私の同世代のサラリーマンを考えると、東芝・日立・シャープ・パナソニック・富士通などに入った人々は1990年代中盤~後半の就活では肩で風を切るような感じで「ドヤ! ワシは一生安泰じゃ! 海外赴任もあるだろうし、そうしたら赴任手当が出て、家賃もタダだから帰ってきたら家が建てられるわ、ガハハハ!」みたいなことを言っていました。

 しかし、この中の一部企業に行った知り合いはいずれも「早期退職の案内が来た……。まだ子供が中学生だから辞められないけど、退職金で一気にローンを返す手もあるかと思ったり悩んでるんだよ。でも、オレが別の会社に入れるかも分からないし……」なんてことを言う。

 こうした友人・先輩を見るにつけ「かつて輝いていたあなたはどこへ行った! 喝だ!」と「サンデーモーニング」から引退した張本勲氏のように発破をかけたくなるのであります。

 昭和の残滓があった我々世代のサラリーマンは、まだどこかで年功序列・終身雇用伝説にすがっていた面があります。だから「聞いてないよ~」的状況になる同世代も多いのですが、先のご夫婦のように、自ら仕事を作り出せば78歳まで元気ハツラツ! 希望を失わないでくださいね。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2022年2月3日号掲載

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