元公安警察官は見た 日本共産党に壊滅的な打撃を与えた特高警察の「スパイM」の正体

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 日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁へ入庁後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、警察のスパイとして日本共産党に壊滅的なダメージを与えた飯塚盈延という男について聞いた。

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 戦前の1931年から32年にかけて、日本共産党は今と違ってあらゆる犯罪行為に手を染めていたという。

「当時の共産党は、『非常時共産党』と呼ばれ、非合法政党でした。アメリカ映画に登場するギャングのように、銀行強盗をしたこともありました。元々過激派でしたが、武装政党として活動していたのです」

 と語るのは、勝丸氏。

 1932年10月6日、東京市大森区にあった川崎第百銀行大森支店に拳銃を持った3人組の覆面男が押し入り、現金3万1700円を奪って逃走した。実行犯はいずれも共産党員だったため、「赤色ギャング事件」と呼ばれている。

「共産党は、党員や支援者の相次ぐ検挙により、資金難に陥っていました。資金獲得のために銀行強盗の計画が進められたとされています」

全員逮捕

 所轄の大森警察署は、ただちに緊急配備を敷いたが、すぐには犯人検挙に至らなかったという。

 警視庁特別高等警察(特高)は強盗事件の捜査を進めていくうちに、同年10月30日、熱海温泉で共産党の幹部が企業の慰安会を装って全国代表者会議を開催するという情報を入手。そこで、捜査員たちはその前日から現場近くに結集した。

「ところが捜査員が『共産党は旅館を予約したが、人の集まりが悪く、旅館側がその会社に問い合わせをしてしまった。このままでは警察に通報される恐れがあるということで、会議を中止する動きがある』と報告を上げてきた。そこで当日の未明に急襲することになったそうです」

 10月30日午前4時50分、特高は党員が宿泊している旅館を包囲し一斉に踏み込んだ。逮捕容疑は治安維持法違反だった。

「武装した共産党員が銃を発砲したため、重傷を負った警察官もいたそうです。激しい抵抗があったものの、代表者会議に出かけていた共産党員は全員逮捕されました」

 実を言うと、特高に全国代表者会議の情報を流したのは、「スパイM」として知られた松村昇こと飯塚盈延という男だった。

「彼は学生時代、成績が良く天才と言われていたそうです。共産党の初期の労働者党員になり、モスクワの東方勤労者共産大学(クートヴェ)に留学しています。ところが留学中に共産主義に幻滅し、帰国後に特高に検挙されたのをきっかけに転向して警察の協力者になったのです」

 共産党は当初、飯塚がスパイだとは気づかなかったという。

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