鉄道車両も見た目が9割!いまや世界的な有名建築家がデザインする時代

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 今年1月、山手線の全車両がE235系へと切り替わった。それまで山手線を走っていた車両は、E231系と呼ばれる。対して、新型車両はE235系。2015年に山手線でデビューしたE235系は、“人と人、人と社会をつなぐ情報の窓”をデザインコンセプトに掲げ、顔とも言える車両前面が斬新なデザインだったことを理由に話題を呼んだ。

 登場してからすぐに、E235系は鉄道ファンから“電子レンジ”とのアダ名がつけられた。また、一般人からは時代を反映して“スマホ画面のような顔”と評された。それほど、E235系はこれまでの常識を覆すような顔をしていた。

 E235系のデザインを担当した奥山清行氏は、国際的にも活躍するインダストリアルデザイナーとして知られる。ゼネラルモーターズのチーフデザイナー、ポルシェのシニアデザイナーを務めた経歴から、奥山氏は自動車のデザインが専門と思われがちだが、鉄道分野でも大きな功績を残してきた。前述のE235系のほか、JR東日本が運行する新幹線E6系やE7系、東武鉄道の特急列車500系「リバティ」なども手がけている。

 鉄道車両は万が一の事故に備えるため、その構造には最大限の安全性が追求されている。そして、厳しい耐衝撃性や防火性などが課される。

 そうした安全性能にくわえて、最高速度や加減速をスムーズにするといったスピード性能、軽量化、振動や騒音などを抑える性能も求められる。さらに最近は省エネ・クリーンエネルギー化、製造コストの低減といった条件も追加される。

 それらが優先されることにより、鉄道車両のデザインは制約が自然と多くなる。そのため、どうしても外観のデザイン性は優先順位が落ちる。そんな背景も手伝い、鉄道車両はどれも似たり寄ったりだった。

 とはいえ、山岳地帯を走る車両には特殊なブレーキシステムを装備する必要があったり、カーブの多い路線では減速せずに走ることが求められたりする。

 地形や路線の状況に応じて求められる性能が異なることから、鉄道車両は細かな部分で違いがある。しかし、鉄道マニアには細かな違いが理解できても、鉄道=移動手段としか認識していない一般利用者にとって、その違いをわかることは難しい。

 東海道新幹線が700系からN700系に変わったところで、その違いを感じられるのはほんの一握りの人たちに過ぎない。

 制約の多い鉄道車両のデザインだが、鉄道各社が外観デザインにまったく無関心というわけではない。自社カラーを打ち出すために、各社は試行を繰り返している。

 鉄道各社が車両デザインに力を入れ始めるのは、国鉄が北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州・貨物の7社に分割民営化された前後とされる。それまで国鉄が日本全国をカバーしてきたが、分割民営化で競争原理がもたらされることになり、それが車両デザイン意識にも大きな刺激を与えた。

 その一方、国鉄と競争を強いられてきた私鉄各社は、以前から車両デザインにも工夫を凝らす傾向が強かった。小田急電鉄の「ロマンスカー」や近畿日本鉄道の「ビスタカー」といった特急車両はその最たる例といえる。

 しかし、JR各社が車両デザインに力を入れるようになると、私鉄もそれを無視できなくなった。大阪−関西国際空港間でライバル関係にある南海電鉄は、1994年から特急列車「ラピート」の運行を開始。ラピートは超がつくほど奇抜なデザインで、そのルックスが利用者に強烈なインパクトを与えている。プロダクトデザイナーの若林広幸が設計したラピートは、すぐさま鉄道ファンから“鉄人28号”のニックネームで呼ばれて人気になった。

 南海は大阪を地盤とする関西私鉄だが、ラピート人気は関西にとどまらず、全国のチビっ子から絶大な人気を博した。JR西日本も車両デザインでは負けていない。JR西日本が1996年に登場させた新幹線500系は、これまで浸透していた新幹線の固定概念を大きく覆す先頭車両のデザインだった。500系はドイツ人のアレクサンダー・ノイマイスターが設計を担当。戦闘機を彷彿とさせる先頭車両にも驚嘆させられるが、営業運転時の最高時速は300キロメートル。これは当時の世界最速で、そうしたスペックもファンを魅了した。

 鉄道車両のデザイン史においてターニングポイントといえるのが、インダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治氏の活躍だろう。1992年に水戸岡氏が手がけた787系「つばめ」が数々の賞を受賞すると、2004年には九州新幹線800系「つばめ」を世に送り出し、さらに2013年にはクルーズトレインという新たな概念を打ち立てた寝台列車「ななつ星in九州」を登場させた。

 主にJR九州の車両デザインを手がけていた水戸岡氏は、その後に活躍フィールドを広げて岡山電気軌道や富士急行などでも斬新な車両を生み出している。最近では、2019年に岡山電気軌道で運行を開始した“おかでんチャギントン電車”が鉄道らしからぬ外観で度肝を抜き、話題を集めた。

 そのほかにも、鉄道の既成概念を打ち破る車両が、続々と登場している。京都を地盤にする叡山電鉄は、2018年に既存車両の700形を改造。新たに「ひえい」として運行を開始した。ひえいはすべての窓が楕円形をしており、正面は金色の楕円形の装飾がつけられている。そのルックスは、まるで覆面レスラーのようで、鉄道車両とは思えない。

 2019年に登場した西武鉄道の新型特急「Laview」も楕円形のフォルムや大型の窓が鉄道車両らしくないと話題になった。Laviewの車両デザインを担当したのは、建築家の妹島和世氏。建築界のノーベル賞とも形容されるプリツカー賞を受賞した妹島氏は、世界的な建築家の一人でもある。そんな巨匠が参入したことで、鉄道車両のデザインにも新たな潮流が生まれようとしている。

 鉄道車両が外観デザインに個性を発揮するような流れは、鉄道が「乗るもの」から「見るもの」へと変化している予兆といえるかもしれない。

 鉄道会社にとって、インパクトが強い鉄道車両は大きな話題を集めて宣伝にもなる。しかし、鉄道本来の役割は「乗る」ことであり、乗ってしまえば外観を見ることはできない。「見る」だけでは鉄道会社の収益に貢献しない。

 今後、人口減少により確実に鉄道の利用者は減少する。鉄道会社はデザインに力を入れることで、集客に、そして収益へと結びつけることはできるだろうか? その真価が問われる。

小川裕夫/フリーランスライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月14日掲載

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