元公安警察官は見た 30年間「黒羽一郎」になりすました朝鮮系ロシア人スパイに味わわされた屈辱

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数カ国語を操るやり手セールスマン

 警察庁の要請を受け、警視庁公安部外事1課が動いた。

「まず黒羽という日本人について徹底的に調査しました。その結果、次のようなことが分かりました。1930年4月、福島県西白川郡矢吹町生まれ。母子家庭に育ち、28歳の時、耳の不自由な女性と同棲を始めた。入籍はしていなかったようです。ところが1965年6月、『友達と山に行く』と手話で女性に伝えると、そのまま姿を消してしまったそうです」

 捜索願いが出されたが、当時警察は事件性無しと判断したという。

 外事1課の捜査員は福島県まで足を運んだ。

「一緒に暮らしていた女性とは、うまく行ってなかったそうです。失踪した理由も最後までわかりませんでした」

 ところが1966年の冬、東京・赤坂にいたことが判明する。

「赤坂の宝石会社に勤務し、真珠のセールスマンとして働いていたのです。彼は英語、ロシア語、スペイン語を操るやり手セールスマンで、得意先は各国の大使館でした。福島で暮らしていた歯科技工士の黒羽とは、まったく別人と思われます」

 1969年には、新宿区戸塚町に住所を移転。1975年、6歳年下の日本人女性と結婚し、中野区の分譲マンションに転居した。1985年には、練馬区の瀟洒なマンションに移転している。

「黒羽になりすました男のスパイ活動をサポートしていたのが、KGB(ソ連国家保安委員会)の諜報員だったウドヴィンでした。彼は、本物の黒羽が失踪した2カ月後の1965年8月から1970年12月まで、駐日ソ連大使館に三等書記官として赴任していました。いわば日本にいるロシアスパイの監視役でした」

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