イカゲームに見る「日本のテレビドラマがダメな理由」 問題はカネと時間ではない

  • ブックマーク

Advertisement

 ぐぬぬ。Netflixの韓国ドラマが凄い。世界中の視聴者を惹きつけたと喧伝するだけあって相当面白い。うっかり「地獄が呼んでいる」も観ちゃって。限界を設けない発想と想像力、スピーディーな展開、次回へつなぐラスト、役者たちの魅力。日本のドラマを観なくてもネトフリをチェックしておけば、極上の各種エンタメを味わえる……と断言したくはないが、たぶん真実。

 ぐぬぬ、というのは日本のテレビ局の心の声。予算も時間も格段に違うから比べるな!と怒る人もいるが、テレビ局に期待するなってことか。それはそれで逆に失礼。諦めたくはない。

 問題は金と時間ではなく、設定や表現に「テレビ的な枠と型」を強制する点だ。日本のドラマでは基本的に「かっこいい、美しい、賢いそして正しい」役を大手事務所の人材が下駄をはかされて演じる。説明ゼリフが異常に多い悪しき形式美を踏襲。「醜く愚かで情けなくてどうしようもない、でもそれが人間」を正直に描き切る作品にはそりゃ負けるわな。視聴者だけでなく、脚本家や役者、優秀な人材がテレビからどんどん離れ、動画配信系に流れる現状。テレビは珍妙な規制で自らの首を絞める。ぐぬぬ。「イカゲーム」の話をしよう。

 主人公のギフン(イ・ジョンジェ)は借金を抱え、妻子と別れ、老いた母に寄生する中年男。懐の寒さをギャンブルで補おうとするクズだが、お人よしで心根は優しい。ある日、街で会った男性から声をかけられ、謎のゲームに参加することに。麻酔をかけられ、目覚めるとジャージ姿の男女が456人。最後まで勝ち残ったひとりが賞金総額456億ウォン総取りだという。参加者は数億ウォンの借金を抱えていたり、生活に困窮している者ばかり。射幸心で全員が気軽に参加するも、ただのゲームではなかった。第1ゲームは「だるまさんがころんだ」。動いた者は容赦なく射殺。脱落したら即死だと初めて知るのだ。

 ギフンの幼なじみで証券マンのサンウ(パク・ヘス)は、会社の金を使い込んだ転落エリート。脱北者で掏摸(すり)のセビョク(チョン・ホヨン)、極道のドクス(ホ・ソンテ)に詐欺師のミニョ(キム・ジュリョン)、最高齢で余命僅かのイルナム(オ・ヨンス)など。参加者はクセもアクも強くて業も深そうな面々。

 ゲームはなぜかすべて子供の遊び。型抜きにビー玉、イカゲームもそのひとつだ。

 何が凄いってギャップね。大の大人がジャージ姿で必死に子供の遊びに挑む。カラフル&ポップな舞台で残酷非道な殺人。真剣な貧民を優雅に見物する運営側と鬼畜富裕層。生き残りをかけた裏切りにだまし合いと思いきや、熱く胸を打つ友情。胸糞悪さと滑稽さと世知辛さと切なさが団結して襲ってくる。参加者の半生も最小限の映像で伝える巧みさ。いや、役者がうまいんだな。

 さらには行方不明の兄を追う刑事、参加者の遺体を悪用する輩など、ゲームと並行する筋も、闇の深さを物語る。黒幕が判明する最終話の最後の最後まで人間の業と向き合わされ、思わずぐぬぬと声に出る。全9話一気見推奨、年末にぜひ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年12月9日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。