『家政婦のミタ』から10年、本田望結が語る、フィギュアスケーターと俳優の二刀流を続ける理由

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「望結にしか希衣ちゃんはできない!」

 しかし、本田は6歳のときに最終回で40%を超える高視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区、世帯)をたたき出した連続ドラマ『家政婦のミタ』(2011年・日本テレビ系列)に出演したことで、一躍その名を知られることになる。主演の松嶋菜々子演じる家政婦が派遣された阿須田家の次女・希衣を演じた本田だったが、天真爛漫で思ったことを何でも素直に口にする、かわいらしい姿を覚えている方も多いに違いない。

「『家政婦のミタ』のオーディションは、希衣ちゃん役候補の子1人にお兄ちゃん役候補の男の子が2人ずつ順番に出てきて、何度も何度も同じシーンを繰り返すというものでした。オーディションが終わるとすぐ、私は母に『望結にしか希衣ちゃんはできないから!』と宣言したのですが、母は初めてそんなことを言った私に驚きながら、『そんな簡単なことじゃないよ』と軽く聞き流しているようでした。ですが、帰りの新幹線の中で合格したという電話があり、母は嬉しさで泣き出してしまいました。私は『ほら言ったやんか!』って喜んで(笑)。2人の兄役に決まった中川大志さんと綾部守人さんも、私が『あのお兄ちゃんとあのお兄ちゃんとやりたい』と話していた方たちだったので、何かビビッとくるものがあったのかもしれません。泣いている母を見て、この作品に参加すれば人生が変わるだろうと、幼心にも思いました」

3歳だった紗来がおじいちゃん役を

 本田は、6歳上の太一、3歳上の真凜、3歳下の妹・紗来(さら)、長女の5人きょうだいの4番目。ドラマの撮影時は、両親はもちろんのこと、ほかのきょうだいたちも応援してくれた。

「今、あんなに視聴率の良いドラマに出演して急に注目されたら、戸惑うかもしれません。当時は『望結が精神的に不安定にならないように』と、両親が守ってくれていたのかな。私自身は、街中で『希衣ちゃんだ』と声をかけられることが多くなったなと思うぐらいで、学校でも特別扱いされることもなく、生活自体にはあまり変化があったようには感じませんでした。それに、周囲の人に対して“ありがとう”“ごめんなさい”の気持ちが欠けたときには、両親が厳しく注意をしてくれたので、自分を見失わずに済んだと思います。

 私の記憶では、小学校のころは撮影のとき、常に母が隣にいました。ということは、私が母を独り占めしていたんです。だから今、きょうだいにつらい思いをさせていたのかなと、みんなに“ごめんね”って気持ちがあります。でも、私に対してネガティブなことは一切言わず、一番上の姉が他のきょうだいの世話をしてくれたり、『家政婦のミタ』のセリフを覚えるときにはお姉ちゃん役を姉たちが、お兄ちゃん役を兄が、平泉成さんがやっていたおじいちゃん役を3歳だった紗来がやってくれて(笑)、ずっと応援してくれていたんです。本当に感謝しかありません」

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