「工藤会」頂上作戦時の「収支報告書」から見る稼ぎ具合、極刑判決が与えたヤクザ界への衝撃

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相場以上に多く支払うケースも

 この関係者が続ける。

「直接払うこともあれば、建設資材など商流に載せるケースもありましたね。もっとも工藤会の場合は、『取れるところから取る』という姿勢が強く、相場以上に多く支払わされるケースもありました。夜の街などの用心棒代などと同様、『困ったときには助けてやるぞ』という言い分に逆らわず、市民の側も支払いに応じていたのです」

 この証言のように、かつては暴力団と一般市民の「持ちつ持たれつ」の関係が許された時代もあった。だからこそ、逆恨みを買うと報復は熾烈だった。

 2003年には、暴力団追放運動をしていた男性が経営する北九州市のクラブに、手榴弾が投げ込まれ、女性従業員ら10人以上が負傷。09年に福岡県が全国で初めて暴排条例を施行し、一般市民の間に暴力団への利益供与を拒否する風潮が広まってからも、ゼネコン関係者らへの襲撃や暴排を掲げる飲食店への放火や従業員への襲撃など、工藤会の関与が疑われる事件が後を絶たなかった。

 市民への凶行を続けた結果、12年には改正暴力団対策法に基づき工藤会は、特定危険指定暴力団に指定される。

みかじめ料を要求した場合

 そしてついに14年9月、福岡県警はトップから工藤会組織の壊滅を目指す「頂上作戦」に踏みきり、前述の元漁協組合長射殺事件で野村、田上の両被告を逮捕。発生から既に15年以上経った事件を再捜査し、両被告の共謀を裏付ける証言や証拠を集め、さらに3件の市民襲撃事件にも次々と着手した。

 福岡県警のまとめでは、2019年末時点で工藤会の構成員と準構成員らの勢力は過去最少の510人となり、ピークだった08年末の1210人から半分以下に減った。

 ある捜査関係者は、こう明かす。

「組員の減少に伴い、工藤会の収入も頂上作戦以降、右肩下がりで減り、かつての勢いは見る影もありません。頂上作戦では、工藤会の組員がみかじめ料を要求した場合、中止命令を経ず直接逮捕する例も相次ぎ、絶頂期には月額2000万円を超えていた本体の収益は頂上作戦の後には数百万円に。幹部連中でも上納金を払えずに滞納している者がいると聞きましたし、『本家』と呼ばれた野村総裁の自宅や本部事務所でも、故意にブレーカーを落として電気を止めたり、使用人の人件費を削ったり、住み込み組員の食費負担を辞めたりと、涙ぐましい努力がなされていました」

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