天気予報から気象の総合コンサルタントへ――長田 太(日本気象協会理事長)【佐藤優の頂上対決】

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女性職員の活躍

佐藤 もはやかつての日本気象協会とは大きく違いますね。

長田 日本気象協会は1950年の設立から数えて、今年で71年です。それを25年ずつ三つの時期に分けてみると、最初の25年は、気象庁傘下の公益法人として、気象知識の普及や気象に関するさまざまな調査、研究を行う小さな団体でした。

佐藤 お役所の延長だったわけですね。

長田 次の25年間は、もともとあったテレビ・新聞への気象情報の提供や、電力、交通機関への気象予測が増え、一方で空港、高速道路、原子力発電所など大型プロジェクトの環境アセスメントの仕事を大量に請け負うようになりました。この時期に規模が急拡大し、収入は年間200億円近くとなり、職員も千人弱になりました。

佐藤 ここにはバブルの時代も含まれますからね。

長田 ええ。ただ業界内では日本気象協会の独占という批判が起こり、1993年の気象業務法の改正などの規制緩和で、予報業務への参入が容易になりました。またそれまで随意契約だったものが入札になるなどして、競争が激化していきます。

佐藤 日本気象協会から独立して会社を作ったお天気キャスターもいますよね。

長田 ええ、そうしたこともあり、最後の21年間の前半は、競争激化や日本経済の低迷、リーマンショックなどの影響を大きく受けて、収入は半分近くに落ち込み、ボーナスをゼロにしたり、退職者が増えたりする時期がありました。

佐藤 そんな時代があったのですか。

長田 もっともこの10年は、洋上風力発電の環境アセスメントや防災関係のさまざまな新事業が始まり、業績が急回復しています。収入も150億円を超え、従業員も900名ほどになります。

佐藤 そこに先ほどの需要予測サービスが加わるわけですね。職員のマインドもかなり変わったでしょう。

長田 変わりましたね。2009年に公益法人改革で、日本気象協会は一般財団法人となりました。税制などの恩恵がなくなり、他の気象会社と同じ土俵で競争しなければならなくなりましたから、どうすれば顧客の満足度を上げられるか、社会のニーズに応えることができるかを職員全員が考えるようになった。

佐藤 もともと能力の高い方が多いでしょう。

長田 昨年、当協会が開発した物流向けサービス「GoStopマネジメントシステム」が、この9月に「2021年度ロジスティクス大賞」を受賞しました。これは気象予測を活用してトラックの走行ルート上における気象リスクを算出し、それをウェブサイト上で一目で把握できるようにしたものです。これを開発したのは、入社3年目の女性職員です。彼女はお客様から「トラックの運転手を出発させていいのか、テレビの天気予報を見ているだけでは判断がつかない」という声を聞いて、目的地までの道路上の天気を72時間先まで表示できるシステムを作りました。

佐藤 コロナで物流が非常に重要になってきている一方、近年の台風や集中豪雨の被害は甚大ですから、大きなニーズがあるでしょうね。

長田 荷主と運送会社なら、どうしても荷主の立場が強い。だから「とにかく行け」と言われたら、トラックの運転手は行かざるをえないんですね。そういう時に、明日の夕方はここが通行止めになるとわかれば、無理を言わなくなる。

佐藤 そうした効果もある。

長田 また船の運航で、航路上の気象情報やそれに基づく最適航路を示す「POLARIS」というサービスがあります。これは商船大を出た、航海士の資格を持つ女性職員が開発に深く関与しました。自分が船長になった気持ちで作った、と言っていましたね。当協会は過去30年間ほど日本の海洋観測をやっていて、他の会社が持っていないデータを持っています。だから他が真似できないサービスになる。これは2019年に開始しましたが、大きな船会社だけでなく、漁船でも導入してくださるところが増えてきました。

佐藤 こうした事業が若い人から出てくると、雰囲気が変わってきます。

長田 もともとみんな人柄はいいし、能力もある。ただガッツを表に出す人がいなかった。いまは、失敗してもいいから新しいことにどんどんチャレンジするマインドがようやく浸透してきた気がします。

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