「京大霊長類研究所」への惜別の辞~学生誘拐事件と「化石をかみつぶした」天才研究者の物語(後編)

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 京都大は去る10月26日、京都大学は所属の霊長類研究所(愛知・犬山市)を今年度末をもって解体することを公式に発表した。同研究所の元教授で『マスクをするサル』(新潮新書)の著者でもある正高信男氏は、不正経理問題をリークした張本人ではないかと大学幹部に疑われ、論文不正の疑いもかけられた。その本人が研究所について綴るレクイエムの後編。

 霊長研はその設立当初から、全国共同利用研究所の一つとしての役割を与えられており、それは今日にいたるまで変わっていない。共同利用とは、日本各地のサル研究に関心のある研究者には、門戸を開きましょうという制度である。

 研究会を定期的にもよおすばかりか、研究所に飼育されているかなりの数におよぶサルを、研究用に提供している。サルの標本をはじめとする資料も、希望すれば研究に利用可能である。

 考えてみればわかるように、サルを飼育している高等研究機関など、国内にそうあるものではない。研究をめざそうとしたところで、地元ではおいそれとはかなわない。しかし霊長研にいけば、希望がかなう。

南アメリカでのサル研究

 共同利用研究員という身分を設定し、それにさえなれば、自由に研究所内を出入りできるというシステムをつくりあげたのだった。これによって、日本のサル学は単に京大にとどまらず、その裾野を国内はおろか海外にまで、広げることができた。

 その典型例が、南アメリカでのサル研究だろう。京大の研究が人類の起源を追求するという意味合いから、もっぱらアフリカ中心でやってきたのに対し、もっと広い視野をもつべきであると主張する人物が、現れる。

 サルという動物のバリエーションを見きわめるためには、類人猿だけでは近視眼的になると考えた、その人は伊澤紘生という研究者だ。彼は大学院生時代の4年ちかくをアフリカですごしたのち、定職につくとともに南米のサルの研究に着手したのだった。ただし霊長研に在籍した経験はない。

 1970年以降、ほとんど毎年、共同研究者とチームを作っては、アマゾン河上流域におもむき、フィールドワークを行う。それは世界のサル学者の誰もが着手していなかった研究プロジェクトであり、やがてコロンビア領内の原生林内に恒久的なフィールドステーションを作り出すこととなったのだった。

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