タイムマシンの現実的な実現方法は? データの保存、プライバシーが課題に(古市憲寿)

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 もしかしたらタイムマシンは実現可能かもしれない。ただし我々が過去や未来に行けるという話ではない。

 理屈はこうだ。とにかくあらゆる情報を永久に保存するようにする。街角の監視カメラはもちろん、個人の行動履歴や、できるなら飛沫の量や動きも記録しておきたい。

 そのように社会の全てを保存できたなら、未来人にとっては「タイムマシンに乗って過去に行く」のと同じ経験ができるようになる。SFのように過去に干渉することはできないが、「2021年10月13日12時の新潮社、中瀬ゆかりの椅子の上」というように、時間と場所を指定すれば、そこで起こったことを観察できるわけだ。この仕組みを社会的タイムマシンと呼んでもいい(村井純・竹中直純『DX時代に考える シン・インターネット』)。

 ワームホールを使った時間旅行よりは、ずっと実現可能性が高そうだ。相対性理論や量子論と比べて、理屈もわかりやすい。

 ただし社会的タイムマシンを実現するにも、越えるべきハードルは多い。まず膨大なデータを永久保存する場所の確保が難しい。何せ社会を丸ごと記録するのだ。宇宙に浮かべたり、DNAに書き込めばいい、といった議論が半ば真剣に行われている。

 もちろんプライバシーの問題も深刻だ。藤子・F・不二雄に「T・Mは絶対に」という短編がある。タイムマシンの開発に成功した主人公だが、友人に殺されてしまう。友人は主人公の妻と不倫していて、その発覚を恐れたのだ。「しられたくない秘密はだれにでもあるもんだ」「個人の情事から、それこそ国家機密にいたるまで」「それがあるうちはT・Mは実用化されないんだよ永久に」というのが友人の弁。

 確かに「ドラえもん」のような世界では、プライバシーがどう考えられているのか興味深い。タイムマシンやどこでもドアを使えば、古今東西にアクセスできてしまう。情報バリアのような技術もあるのだろうが、現代よりも秘密を持つことは難しそうだ。

 社会的タイムマシンも同じ問題にぶち当たる。全ての情報が記録される世界では、権力者同士の秘密の会談もままならない。犯罪が減る一方で、誰もが本音を隠すようになるのかもしれない。セックスなどの情事も鮮明な映像で残されるのだろう。それを見ず知らずの未来人に見られていい気持ちはしない。

 ただし、現代人も平安人の私的日記を読んで楽しんでいるので、一方的に文句は言えない。意図せず残ってしまった史料によって歴史研究は支えられている。

 そしてインターネット上には、「なんでそんなものを公開しちゃったの」という情報が溢れている。誰からも頼まれていないのに、自身のヌードや恋人とのセックスを配信する人も多い。完全な社会的タイムマシンは難しくても、未来人は十分に2021年の風俗を楽しむことができそうだ。もっとも需要があるのかどうかは知らない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2021年10月21日号掲載

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