消えたと思ったらまた急拡大 時空を超えて再発生するウイルスとの死闘の歴史

国内 社会

2021年10月13日

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200年後に現れ、やがて消え去る

 ご推察のとおり、感染症とは不思議なものだ。アークレイリ病のように、あちこち飛び回ってランダムに現われたあと、しばらく静まって、また別の場所に現われるように見えるものもある。征服者のように地表を突っ切って進むものもある。たとえば西ナイルウイルスは、1999年にニューヨークに現われ、4年足らずで全米に広がった。また、大混乱を引き起こしたあと静かに立ち去り、ときには何年も、場合によっては永遠に現われない病気もある。1485年から1551年にかけて、イギリスは粟粒熱(ぞくりゅうねつ)と呼ばれる恐ろしい病気に繰り返し襲われ、無数の人々が命を落とした。その後、病気はぴたりと収まり、二度と現われることはなかった。200年後、とてもよく似た病気がフランスに現われ、そこではピカルディー熱と呼ばれた。やがて、それも消え去った。病気がどこにどのように潜伏していたのか、なぜそのタイミングで消えたのか、今どこにいるのかは見当もつかない。

実は“不可解な集団発生”はよくあること

 不可解な集団発生、特に小さなものは、一般に考えられているよりよく起こっている。アメリカでは毎年、おもにミネソタ州北部で、約6人がポワッサンウイルスに感染する。軽い風邪のような症状で済む患者もいるが、不治の神経障害を負う患者もいる。10パーセントは死亡する。治療薬や治療法はない。ウィスコンシン州では、2015~16年の冬に、12の郡に住む54人が、エリザベスキンギアと呼ばれるほとんど知られていない細菌に感染して病気になった。患者のうち15人が死亡した。エリザベスキンギアはありふれた地中の微生物だが、めったにヒトに感染することはない。なぜ突然、州の広域にわたって凶暴化して、その後静まったのかは誰にもわからない。マダニによって広まる感染症ツラレミア(野兎(やと)病)は、アメリカで毎年およそ150人を死亡させているが、発生場所には不可解なほどばらつきがある。2006年から2016年の11年間に、アーカンソー州では232人が死亡したが、近隣のアラバマ州では、気候や地被植物やマダニの数など類似点がたくさんあるのに、死亡者はひとりだけだった。ほかにも、例を挙げればきりがない。

 おそらく、バーボンウイルスほど説明がむずかしい事例はほかにないだろう。この名は、2014年にウイルスが初めて現われたカンザス州の郡に由来する。その年の春、カンザスシティーの約140キロ南に位置するフォートスコット在住の健康な中年男性、ジョン・シーステッドは、所有地で働いているとき、マダニに噛まれたことに気づいた。しばらくたつと、うずくような痛みを感じ、熱が出てきた。症状がよくならなかったので、地元の病院に入院し、ダニ媒介感染症用の薬、ドキシサイクリンを投与されたが、効き目がなかった。次の1、2日で、シーステッドの病状は悪化の一途をたどった。続いて、臓器不全が起こった。11日めに、シーステッドは死亡した。

 バーボンウイルスは、まったく新しい種類のウイルスであることがわかってきた。トゴトウイルス属と呼ばれるグループに属し、アフリカ、アジア、東ヨーロッパなどの地域に限定的に存在するが、このウイルス株はまったくの新種だった。なぜ突然、アメリカ合衆国のど真ん中に現われたのかは謎だ。フォートスコットやカンザス州の別の場所で感染した人はほかにいなかったが、1年後、400キロ離れたオクラホマ州で、男性が同じ病気を発症した。以後、少なくともほかに5例が報告されている。不思議なことに、疾病予防管理センター(CDC)は数字を公表したがらない。ただ「2018年6月の時点で、限られた数のバーボンウイルス病の症例が、アメリカ中西部および南部で発見された」と述べるにとどまっている。どの病気の感染数にも限度などないのは明らかなのだから、少しばかり奇妙な表現だ。本書の執筆時点で確認されている最新の症例は、58歳の女性で、ミズーリ州東部のメラメック州立公園で働いていたときマダニに噛まれ、その後ほどなく死亡した。

 もしかすると、もっと多くの人が、こういうとらえどころのない病気に感染しているが、軽症なので気づいていないのかもしれない。「その感染症に限定した臨床検査を行わないかぎり、医師は見逃してしまうでしょう」。CDCのある科学者は、2015年、ナショナル・パブリック・ラジオで、さらにもうひとつの謎めいた病原体(そういうものは本当にたくさんある)、ハートランドウイルスについて記者を相手に語った。ハートランドウイルスは、2009年にミズーリ州セントジョゼフ近郊に最初に現われて以来、2018年後半の時点でおよそ20人に感染し、人数は不明だが死亡者も出している。しかし今のところ確実に言えるのは、少数のひどく不運な人だけがこういう病気に感染し、彼らは互いに遠く離れた場所にいて、明らかなつながりは何もないということだけだ。

アメリカで毎年、集団発生が起きている「レジオネラ症」

 ときには、新しい病気に思えたものが、まったく新しくないと判明することもある。そういう事例が証明されたのは、1976年、ペンシルヴェニア州フィラデルフィアのベルヴュー・ストラトフォードホテルで、アメリカ在郷軍人大会の出席者たちが、専門家にも特定できない病気に倒れ始めたときだった。ほどなく、患者の多くが死に瀕した。2、3日のうちに34人が死亡し、さらに190人ほどが罹患して、一部は重症になった。しかも不思議なことに、患者の約5分の1はホテルに足を踏み入れておらず、通りかかっただけだった。CDCの疫学者たちは、2年がかりで原因を突き止めた。「レジオネラ属」と名づけられた新しい菌だ。ホテルの空調用ダクトを通じてまき散らされたのだった。不運な通りがかりの人は、エアコンの排気を浴びて感染してしまったのだ。

 ずっとあとになって、1965年にワシントンDCで、その3年後にはミシガン州ポンティアックで、よく似た不可解な病気の集団発生が起こったのは、ほぼ間違いなくレジオネラが原因であることがわかった。実のところ、ベルヴュー・ストラトフォードホテルでは、2年前のオッドフェローズ独立共済会の大会中にも小規模で致死率の低い肺炎の集団発生を起こしていたが、死亡者が出なかったのでほとんど注目を集めなかった。現在では、レジオネラが土壌や淡水に広く分布し、たいていの人が思うよりレジオネラ症がありふれた病気であることがわかっている。アメリカでは毎年10カ所余りでの集団発生が報告され、約1万8千人が入院を必要とする病気になっているが、CDCによれば、その数字はおそらく過小報告だろう。

 アークレイリ病についても、ほぼ同じことがあった。詳しく調べてみると、似たような集団発生が、1937年と1939年にスイスで、そしておそらく1934年にロサンゼルスで起こっていた(軽症型の灰白髄炎と見なされた)ことがわかった。それ以前にもどこかで起こっていたかどうかは不明だ。

流行拡大を左右する「四つの要因」

 病気が流行するかどうかは、四つの要因によって決まる。「致死率の高さ」「感染力の強さ」「封じ込めのしにくさ」そして「ワクチンの効きにくさ」だ。ひどく恐ろしい病気だからといって、四つすべてに長けているとはかぎらない。実は、その恐ろしい性質のせいで拡散の効率が悪くなることが多い。たとえばエボラはあまりにも怖いので、感染地域の住民は病気になる前に逃げ、ウイルスにさらされないよう全力を尽くす。しかも、エボラは患者を瞬く間に無力にするので、どちらにしてもほとんどの患者は病気を広める以前に、ウイルスの循環から除外される。エボラはあきれるほど感染力が強い――この“o”という文字ほどの大きさしかない1滴の血液に1億個のエボラウイルスが含まれ、そのひとつひとつが手榴弾と同じくらい致命的だ――が、拡散が下手なので制御されている。

 成功するウイルスとは、あまり感染者を死なせずに、広く循環できるウイルスだ。だからこそ、インフルエンザは年間を通してあれほどの脅威になる。典型的なインフルエンザは、症状が出る約1日前から回復後1週間ほど患者に感染性を持たせるので、あらゆる患者を媒介者にしてしまう。1918年のスペイン風邪の大流行で、全世界の死亡者数が数千万人に達した――いくつかの推定では1億人ともいわれる――のは、特に死亡率が高かったせいではなく、持続性があり、きわめて感染しやすかったせいだ。死亡したのは患者の約2.5パーセントのみだったと考えられている。エボラも、もっと効率的になり、長期的にはもっと危険になるかもしれない。とはいえそれは、もし軽症型に変異して共同体にそれほどパニックを起こさず、患者が何も知らない人たちと接触するのが容易になればの話だ。

 もちろん、だからといって安心はできない。エボラは1970年代に公式に確認され、最近まで集団発生はすべて、隔絶した場所で短期間起こるだけだった。しかし2013年、それはギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国に広がり、2万8千人が感染して、1万1千人が死亡した。たいへんな集団発生だ。飛行機旅行のせいで、何度か他国へ飛び火したこともあったが、幸いどの場合も封じ込められた。常に幸運が続くとはかぎらない。極度に高い毒性のせいで病気は広がりにくいが、広がらないという保証があるわけではない。

 もっとひどいことが頻繁に起こらないのが不思議に思えてくる。エド・ヨンが「アトランティック」誌に報告した推定によると、種の壁を飛び越えてヒトに感染する可能性がある鳥類と哺乳類のウイルスは、80万種類にものぼると考えられる。潜在的な危険性は、それほど多いのだ。

デイリー新潮編集部

2022年1月14日加筆
2021年10月13日掲載

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