指紋が一生変わらないってほんと? そもそも指紋は何のためにあるのか
生まれつきまったく指紋がない人もいる
指紋といえば刑事ドラマでお馴染みだが、スマホのロック解除でも使われている通り、個人を特定する方法として不動の地位を保っている。「終生不変」(=生涯変わることがない)で、「万人不同」(=二つとして同じものがない)という性格を持ち、それが個人特定の根拠となっているのだ。
ところが、医療・医学の最前線を取材を重ねてきたノンフィクション・ライターであるビル・ブライソンの著書『人体大全―なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか―』(桐谷知未訳)によれば、「万人不変」は科学的に証明されているわけではないという。逆にわかるのは、「わかっていないこと」がとても多いことだ。彼の説明を読めば、指紋認証への意識も変わるかもしれない。最も身近な人体の神秘をご案内しよう。
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常習犯を捕らえるために開発された「個人識別のシステム」
1902年10月、パリ警察は、第8区の凱旋門から数百メートルほどの高級住宅街、フォーブル・サントノレ通り157番地のアパートメントから通報を受けた。男性が殺され、数点の美術品が盗まれたのだ。犯人は明らかな手がかりを何も残さなかったが、幸いにも刑事たちは、犯罪者の特定ならお手の物であるアルフォンス・ベルティヨンに頼ることができた。
ベルティヨンは、個人識別のシステムを発明し、それを人体測定法と名づけたが、発明者に感心した人々はそれを「ベルティヨン法」と呼ぶようになった。このシステムは、「マグショット」という概念を導入した。現在でも広く見られる、逮捕された人物全員を正面と側面の顔写真で記録する慣習だ。しかし、ベルティヨンが際立っていたのはその計測の入念さだった。対象は、奇異なほど具体的な11種類の特徴――座高、左小指の長さ、頬の幅など――を計測された。ベルティヨンがそういう特徴を選んだのは、年齢とともに変化しない部分だからだ。このシステムは、犯罪者に有罪を宣告するためではなく、常習犯を捕らえるために開発された。フランスは再犯者に重い判決を下していたので(デヴィルズ島などの遠い高温多湿の植民地に追放することも多かった)、多くの犯罪者は身元を偽ってなんとか初犯で通そうとした。ベルティヨンのシステムは、そういう者たちを識別するために設計され、とてもうまく機能した。施行された最初の年、ベルティヨンは241人の嘘つきの正体を暴いた。
指紋法は実のところ、ベルティヨンのシステムの付随的な部分にすぎなかったが、ベルティヨンがフォーブル・サントノレ通り157番地で窓枠にひとつの指紋を見つけて、アンリ=レオン・シェフェールという人物を殺人犯と突き止めたときには、フランスだけでなく世界じゅうで大きな反響を呼んだ。瞬く間に、指紋法は至るところで犯罪捜査の基本ツールとなった。
同じ模様がふたつとない、指紋の万人不同性は、西欧では19世紀にチェコの解剖学者ヤン・プルキニェによって初めて確立された。とはいえ、中国は千年以上前に同じ発見をしていたし、何世紀ものあいだ、日本の焼物師は自分の陶器に指を押し当てて目印をつけてから焼いていた。チャールズ・ダーウィンのいとこ、フランシス・ゴールトンは、ベルティヨンがその考えを思いつく何年も前に、指紋を使って犯罪者を捕らえてはどうかと進言していた。日本に派遣されたスコットランドの宣教師、ヘンリー・フォールズも同じ提案をした。ベルティヨンは、指紋を使って殺人犯を捕らえた初めての人物でさえなかった――それは10年前、アルゼンチンで実現していた――が、功績を認められたのはベルティヨンだった。
生まれつきまったく指紋がない人もいる
いったいどんな進化の命令によって、ヒトの指先に渦巻がつくられたのだろう? その答えは、誰にもわからない。ヒトの体は、謎に満ちた宇宙なのだ。その外面と内面で起こることの大部分は、よくわからない理由で起こる。きっとたいていは、理由などないのだろう。そもそも、進化とは偶発的な過程だ。同じ指紋がふたつとないという考えは、実のところ推測にすぎない。あなたの指紋と一致する指紋を絶対に誰も持っていないとは言い切れない。言えるのは、まだぴったり一致するふた組の指紋を誰も見つけていないということだけだ。
指紋の正式名称は、「皮膚紋理」という。ヒトの指紋をつくっている細かい起伏は、「皮膚小稜」だ。タイヤの溝が道路での牽引摩擦力を向上させるように、ものをしっかりつかむのに役立つと考えられるが、実際にそれを証明した人はいない。指紋の渦巻が水気を切れやすくするとか、指の肌を伸びやすくしなやかにするとか、ひょっとすると感度を高めるのではないかと論じる人もいるが、これらもただの推測にすぎない。同じく、長く風呂に浸かりすぎるとなぜ指にしわが寄るのかをきちんと説明できた人もいない。よく耳にする説明は、しわが寄ると水気が切れやすくなり、ものをつかむ力が向上するからというものだ。しかし、その説明はあまり筋が通っていない。ものをしっかりつかむ最も差し迫った必要がある人は、たった今水に落ちた人であって、しばらく水の中にいた人ではないはずだ。
ごくごくまれに、生まれつきまったく指紋がない、先天性指紋欠如疾患という病気を持つ人がいる。そういう人たちは、通常より少しだけ汗腺も少ない。これは汗腺と指紋の遺伝的な関連を示しているように思えるが、どんな関連なのかはまだ解明されていない。