パリ郊外で農園経営25年の山下朝史さん 値段10倍の野菜を高級レストランが求める理由

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 美食の国フランスで、高級レストランのシェフ達がこぞって求める野菜がある。市場の10倍の価格で取り引きされるその野菜のつくり手は、まったくの未経験から自己流で農業を始めた、山下朝史さん(68歳)という日本人だ。

 山下さんは、日本やフランスだけでなく、アメリカやイギリス等のメディアにも取り上げられ、世界的な講演イベントTEDの舞台にも立った。彼が経営する山下農園は、今年で創業25周年を迎える。異国の地で、どのような思いで野菜づくりをされているのか、話を伺った。

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 5人兄弟の真ん中として東京で生まれた山下さんは、自立したライフスタイルを求め、アメリカやメキシコを訪れる青春時代を過ごしました。フランスに留学したのは23歳のとき。パリで国連の機関や大手旅行代理店に勤務した後に日本に戻り、インテリア輸入販売など複数の事業を起こしました。その後、1989年にふたたびフランスに戻り、今度は盆栽を売る事業を始めました。

 和食レストランでシェフをしている知人に、「自宅にスペースがあるなら日本の野菜をつくってほしい」と請われたのは再渡仏から数年後。以来25年間、パリ郊外のシャペ村にある3000平方メートルの自宅の庭で野菜をつくり続けているのです。

「農業の知識や経験もなく、水道や耕作機、冷蔵室といった設備も整ってはいませんでした。今の形になるまで15年かかりました。でも、野菜作りは私にとってビジネスではありません。視覚や味覚など、人の五感に訴えるとても豊かな経験で、お金では得がたいものです。そもそも野菜作りは神様の仕事であり、自分はそのお手伝いをしていると思っています」

 と、山下さん。畑のあるシャペ村の土地は本来、農業に適した土質ではないそうですが、苦労はなかったのでしょうか。

「まず誰かを好きになったら、その人を理解しようと思いますよね。それと同じで、土地を愛して、土を理解することから野菜作りが始まります。野菜の立場に自分の身をおいて、必要なこと、してほしいことを考える。望む答えが返ってこなかったら、それはこちらの理解力が足りなかったということ。淡々と土地を理解する努力を続けるのです」

 育てる野菜は、“奇跡のカブ”呼ばれるカブや、からし菜、ししとうなど年間50種類。ほとんどが日本の品種で、毎年、数種類は新しい野菜にチャレンジしています。そうして作った野菜を「好きな時に、好きな量、好きな価格で」販売することで、山下さんは知られています。こう聞くと山下さんに有利な条件でビジネスをしていると思われるかもしれませんが、もちろんそうではありません。このスタイルは、野菜にとって最適な時期を見極めて収穫し、同時に取引相手であるレストランのキャパシティやメニューを考慮した上で、種類や量を配分するためです。注文されたものをただ届けるよりも、ずっと労力がかかるやり方です。

 値付けを行うのも、シェフから信頼され任されている証し。市場の価格よりは高くなりますが、これには、若い料理人に食材を大切に扱うよう促す教育的な配慮もあるといいます。

「フランスでは食材を雑に扱う人も多いですが、普段1ユーロもしないトウモロコシが5ユーロ、と聞くと途端に丁寧に扱うようになるのです」

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