国産ワクチンは承認条件緩和でも今冬に間に合わず…海外製ワクチン有効性の高さも壁

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アンジェスの蹉跌

 たしかに大きな前進だが、「この動きがもっと早くに出てくればよかったのに」と、誰もが思うだろう。筆者の念頭にあるのはアンジェスの蹉跌だ。

 大阪大学の森下竜一教授が率いるバイオ・ベンチャー企業アンジェスが開発しているのは、ウイルスのDNAを人に投与し、人体の中でDNAからmRNAを介して抗原を合成する「DNA型」だ。世界でいち早くワクチン候補をつくり出すことに成功し、昨年6月に国産ワクチンとしては初めて、30人を対象とした臨床試験を開始していた。だが医薬品医療機器総合機構が、「効果などを評価するためには数万人規模の治験が必要」との方針を堅持したため、「小規模の治験の結果で条件付早期承認を得て、今年夏頃までにワクチンを実用化する」という戦略は破綻した。アンジェスも厚生労働省から約94億円の補助を得ているが、実用化の目途は立っていない。

 承認の条件は緩和されたものの、海外製ワクチンの有効性の高さが次の壁となって立ちはだかっている。アンジェスが開発しているワクチンの有効性は73%にとどまっており、90%以上の有効性を誇るファイザー製などと比較すれば見劣りする。このため、アンジェスはファイザー製等と同程度の効果を得ようと、8月中旬から高用量製剤を用いた初期の治験を始めた。

 最も先行しているとされる塩野義製薬についても、同様の問題がある。開発中のワクチン接種による中和抗体価が十分に上がらなかったことから、ワクチン製剤を変えて初期の治験を実施することになった。完成の時期が遅れることは間違いない。

 このように、国産ワクチンは今冬までには間に合わないのが実情だ。

副反応を恐れるあまり

 思い起こせば、日本は1980年代まで「ワクチン先進国」だった。米国などに技術供与していたほどだったが、日本でワクチン開発が衰退した大きな要因は訴訟だった。1970年頃から予防接種の健康被害が社会問題化していたが、1992年の東京高裁での国の全面敗訴が決定的だった。世論に押される形で国は上告を断念し、1994年には予防接種法が改正されて、接種は努力義務となった。副反応を恐れるあまり国内の接種率は一気に下がり、日本の製薬企業は需要が安定した既存ワクチンの製造に特化し、新規開発をほとんど行わなくなってしまったのだ。

 一度消えかけたワクチン開発だったが、2009年に蔓延した新型インフルエンザの世界的流行で再び盛り上がりを見せた。政府は約1000億円の補助金を出してワクチン開発を支援する姿勢を示したが、感染の早期収束で立ち消えとなった。

 ワクチンの開発には巨額の投資が必要であり、有事にしか使わない製造設備を維持し続けることは民間企業の力だけでは不可能だ。英国では製薬企業が資金回収への懸念を抱えることなく設備を維持できるようにするため、政府が製薬企業に維持費の一定額を負担することで、必要なときに必要な量を優先的に受け取れる「サブスクリプション(定額制)」方式の新薬の調達契約を導入している。

 ワクチンを含めた新たな薬の開発を平時から進められる仕組みを作らなければ、日本の感染症対策はいつまでたっても世界に劣後したままなのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年10月5日掲載

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