10代で人工肛門になり最新医学で機能を取り戻した医師 大腸がんを早期発見する「観便」を啓蒙

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 自分の肛門機能を取り戻した石井さんは、高校1年生レベルから勉強し直し、医学部進学を目指す。

「僕を救ってくれた医師たちのように、僕も誰かを救いたい。人生を捧げたい。心から思いました」

 さっそく模擬試験を受けると偏差値は30。それでも必死に勉強して、23歳で高知大学医学部に合格した。

「僕は最初、自分を救ってくれた消化器外科医を目標にしましたが、外科医には体力とコミュニケーション能力が必須です。腸のない僕は体力にハンディがあり、高校時代は不登校だったので、コミュニケーション能力にも自信が持てず、消化器内科を選びました」

 それでも、自分が苦しんだ潰瘍性大腸炎や、大腸がんを見つける手助けができないか――。医師になった石井さんは考え抜いた。

 日本の大腸がんの患者は約28万8千人(2017年、厚生労働省「患者調査」)。うち男性が約16万4千人、女性が12万4千人だ(同前)。男性ではもっとも多く、女性では乳がんに次いで2番目に患者の多いがんなのだ。

 そこで石井さんが13年に作ったのが、日本うんこ学会だった。

「“うんこ”や“うんち”という言葉に反応する人は多い。そこで興味を引いて、大腸がんなど消化器系の重要な情報を紛れ込ませば、より多くの人に病気の予防に関する正しい知識を提供できます。そういう活動をしようと思い、日本うんこ学会を作ったわけです」

 その成果がスマホゲームのうんコレだった。

「潰瘍性大腸炎を発症する前の10代のころの自分をふり返ると、漫画やゲームにばかり時間を使っていました。ならばスマホアプリを通して観便をうながし、消化器系の病気の早期発見につなげられないかと考えました」

 ゲーム制作には技術がいる。手間もかかる。コストもかかる。そこで異業種交流会やクリエーターサミットに参加して仲間を探した。

「まず興味を示してくれたのはニワンゴ(現ドワンゴ)の創業取締役の一人でニコニコ動画開発に携わった木野瀬友人さんです。木野瀬さんはアニメ監督でクリエーティブプロデューサーの前田地生(ちせい)さんを紹介してくれました。三人でミーティングを重ねました」

 スマホゲームを作るにはキャラクターを描く人、その声を担当する人、音楽を作る人など、多くのクリエーターが必要だ。

「少しずつチームの人数を増やしてうんコレを開発していきました」

 日本うんこ学会はイベントにも出展し、書籍も企画する。これらの収益も学会の運営費に充てられる。

「コロナ禍以前はゲームのイベントに積極的に参加していました。うんコレを通して観便を意識してもらうことが目的です。書籍は『タイムマシンで戻りたい』(角川文庫)を出版しました。内容は“うんもれ”――つまり、うんちのおもらしの体験談集です。私自身が潰瘍性大腸炎で体験していますが、世の中ではたくさんの人が、人知れずもらしています。IBS(過敏性腸症候群)もたくさんいます。世界は思ったよりももらしている――という現実を集め、みんなに勇気をもってほしいと思いました」

 IBSは、炎症や潰瘍はなくてもストレスなどを引き金に下痢や便秘になる。首都圏の朝の通勤ラッシュ時、駅構内のトイレは満室だ。原因の一つは会社員のIBSだと考えられている。

「授業中、試験中、会議中に便意を堪えているIBSの人は少なくありません。日本うんこ学会は、便意を感じたら堂々とトイレに行かれる社会も目指しています。IBSは、薬物療法や、認知行動療法というカウンセリングを含む治療法で治る人もいるので、部下や後輩にIBSがいたら、受診を勧めてほしい。仕事の成果も上がるはずです」

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