「殺人」でも「コロナ死」扱いに? 日本人の「死」を巡る知られざる衝撃の実態

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 全国の警察が2021年8月に扱った変死などの遺体のうち、250人が新型コロナウイルスに感染していたことが警察庁の調べで分かった(29都道府県)。月別では過去最高の数字である。その内訳をみると、218人が自宅や高齢者施設や宿泊施設などで容体悪化により死亡。32人は外出先で発見されたという。生前に感染が確認されたのは132人、死後判明は118人だった。また、158人は「コロナが死因」と判断されたという。

 昨年3月からの累計では817人となる、変死遺体のコロナ感染。未曽有のウイルスによる混乱はいまだ収まる気配はない。第一線の縁場では医療スタッフによる懸命な救命作業が今日も続けられている。

 一方で、「死」を巡る現場でも、大変な混乱が起きていることが改めてクローズアップされている。各地の法医学者たちへの取材を重ねてきたジャーナリストの山田敏弘氏が執筆した『死体格差―異状死17万人の衝撃―』より、コロナ禍で浮き彫りになった驚愕の実情を明らかにする。(引用はすべて同書より)

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コロナ禍の死の現場から

 2020年3月、東京都台東区で高齢の女性がひどい風邪の症状を訴えて近所の総合病院に運び込まれた。女性はそこで診察を受けて、様子を見るためにその晩、病院で過ごすことになった。

 当時、中国・湖北省武漢市を発生源として、新型コロナウイルスが国境を越えて感染拡大していた。日本国内でも感染者が急激に増え始めたころで、メディアでも未知のウイルスへの関心の高さから、連日大きく報じられていた。

 日本で最初に感染者が確認されたのは1月15日のことだった。さらに横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」でクラスターが発生し、感染の検査キットやマスク不足などが話題になった。2月13日には、神奈川県に住む80代の女性が死亡し、日本で初めての新型コロナ死者が確認された。よくわからないウイルスが目に見えないまま拡散していくその不気味さは、多くの国民を不安に陥れた。

 冒頭の高齢女性が病院に運ばれたのも、そんな恐怖が世の中に蔓延し、まだ感染の有無を調べるPCR検査もままならない時期であった。厚生労働省が「37・5℃以上で4日間継続」という状況でなければ検査を受けさせなかったからで、医療現場でも明らかにおかしな患者が出ていてもほとんどPCR検査ができない混乱状況だった。高齢女性が入院した病院ではさらに、中国からの帰国者との接触歴がなければPCR検査は受けられなかった。

“念のため”納体袋に入れられた遺体

 この女性は、入院してすぐに死亡した。死亡診断書の死因の欄には「急性肺炎」と書き込まれた。ただ、なぜ彼女が急性肺炎になったのか、その原因を誰も究明することはなかった。

 この女性の遺体処理に関わった葬儀関係者によると、遺族は女性が新型コロナに感染していたのではないかと、かなり疑っていたという。さらに病院も疑っていた節があった。なぜなら、遺体は念のためにということで、ジッパーが付いて密閉できる納体袋に入れて引き渡されたからだ。しかも看護師からは「体調不良になったらすぐに連絡を」とも言われていた。

 葬儀関係者も、「正直言うと現場の葬儀社職員たちも、急性肺炎で亡くなって納体袋で運ばれていたことで『おばあさんは新型コロナで亡くなったのではないか』と不安がっていました」と語った。

 遺族は限られた家族だけでひっそりと近くの葬儀場で告別式を行った。

 葬儀が終わり、数日経ってから、この葬儀関係者のところに遺族から連絡が入った。高齢女性の娘が新型コロナ陽性になったことが確認され、さらに他の家族にも感染者が出ているという内容だった。

 もちろん、今となっては亡くなった高齢女性が新型コロナ陽性だったのかも、家族がそこから感染したのかも確認する術はない。日本では遺体は死亡から比較的早くに火葬され、灰となってしまうからだ。

 もし死の原因をきちんと究明して新型コロナ陽性が判明していたとしたら、新型コロナで亡くなった患者のケースのように、遺体を直ちに荼毘に付すなど感染リスクを減らすための対処はできたかもしれない。死亡した感染者から新型コロナに感染する可能性も指摘されてきていたからだ。葬儀関係者なども、万が一の感染リスクに晒されることはなかったかもしれないし、家族を隔離させるなどの対応もできただろう。

 亡くなった人の死因をきちんと究明することが、生きている人の生命や安全に寄与する。また巷間に広がる感染を防ぐだけでなく、人々の不安も払拭する助けになる。

世界とかけ離れている日本の「死因究明制度」

 日本のみならず世界中を覆っているコロナ禍で、特に日本で浮き彫りになった、積年の問題点がある。それは、死者の死因がきちんと究明されていないことだ。

 2020年に日本で死亡した人の数は、138万人を超える。その中で、病院以外で死亡するようなケースは17万人ほど。そこにはいわゆる孤独死や路上での死なども含まれ、高齢化と“無縁化”が進む日本で数を増やし続けている。

 日本では、病院での診療の過程で、病気などで死亡する場合は「普通の死」として扱われ、死亡診断書が医師の手によって書かれる。一方で、病院以外で死亡する場合は「異状死」と分類され、警察が扱う(病院に運ばれてすぐに死亡した場合なども含まれる)。犯罪性のある遺体も含まれるが、異状死体では死因をきちんと明らかにしないまま葬られてしまうケースが多い。

 ただでさえ死因究明の“水漏れ”があるのに、その裂け目はコロナ禍で広がってしまった。

 新型コロナ陽性で入院して病院などで治療を受けていたが死亡したというケースは、医師によって「新型コロナによる死亡」と死因が特定され、死亡診断書が書かれる。

「犯罪遺体」が見逃される可能性も

 では病院外で死亡したらどうなるのか。

 異状死体は現場に臨場した警察が扱うことになる。犯罪性が疑われたりすれば、法医学者による司法解剖に付されることになるが、混乱の中でも基本的に、全国的に司法解剖が滞ることはなかったという。犯罪遺体の場合は、捜査や裁判に必要になるので解剖は不可欠なのだ。

 問題はここからだ。警察は解剖に回す前に保健所などに遺体のPCR検査を依頼するのだが、関東のある法医学者によれば、「PCR検査で新型コロナ陽性とわかり、犯罪性が低いと推測されたものは解剖が行われなかった。警察のほうで調べて感染している遺体はもってこなかったのでこちらは何も心配せずに解剖をしていた」。

 つまり、外見から明らかな死因がわからない遺体がPCR検査でコロナ陽性だと判明すれば、「新型コロナによる死亡」とみなされ、正確な死因が追究されないことになる。つまり、犯罪遺体がスルーされ、犯罪の見逃しが起きてしまう可能性がある。

 実は、警察が扱った異状死体で新型コロナに感染していた遺体は少なくなかった。警察庁の発表では、2020年12月の1カ月間に報告された異状死体のうち、新型コロナに感染していたと判明したのは全国でわかっているだけで56人。翌2021年1月は少なくとも132人が新型コロナに感染していたと明らかになっている。

 さらに2020年12月から2021年1月25日までに自宅やホテルなどで療養中に新型コロナで死亡した人の数は、少なくとも29人に上る。

 しかも厚生労働省は、新型コロナに感染し、自宅療養中に死亡した人の数を「把握できていないケースがたくさんあり、網羅的には把握していない」と認めている。どれほどの異状死体が新型コロナに感染していたのか、もはや調べることすらできない状況にある。

 自宅などでの療養中に死亡するようなケースでは、コロナ禍でなくとも、死因をあらためて調べないことが多い。もしかしたら別の理由で死んでいたかもしれないのに、だ。何者かにわからないように殺されていたという可能性だってある。

法医解剖をとりまく厳しい現実

 はっきり言おう。日本では、死ぬ場所や地域によって、死者の扱いが異なる。法律の不備に由来する構造問題の結果、すべてのしわ寄せは死因を特定する解剖の現場にあらわれているのが実情だ。

 病院の外で死を迎えた異状死体を扱い、司法解剖などを行っているのは、日本に150人ほどしかいない法医学者(法医解剖医)である。医師免許をもつ大学の教授をはじめとする、死体の死因を突き止めるプロたちだ。

 本書では、日本における死体の扱われ方について、現場で奮闘する法医学者らの証言をもとに徹底的に明らかにしていく。

 2020年2月、国立感染症研究所は、新型コロナ感染者の死体解剖について、「新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の剖検における感染予防策」や、「COVID-19症例の剖検プロトコル」を示している。そこには、死因究明などの解剖によって、更なる感染が起きないよう、換気して空気を循環させるフィルターなどの設置が求められ、さらに「剖検台は天井から床面に向かって一方向に空気が流れることによりエアーカーテンを作るラミナフローシステムを内蔵した剖検台を使用」などと細かく指示が記載されている。

 しかし日本で法医解剖を行っている機関では、これらの要件を満たすところが少ない。

 2020年7月、日本法医学会は新型コロナ感染者の死因究明のためにどれだけの施設が安全に法医解剖などを行えるかを調査し、その結果を発表している。

 それによれば、日本で法医解剖が行える90機関のうち、新型コロナ陽性の遺体を受け入れる体制が(換気などの)設備的にも整っていると答えたのは25機関のみだった。

 また、設備以前の問題として、新型コロナの遺体は扱えないと答えたのは39機関に上っている。拒否の理由は、「未知の面が多いウイルスである」「大学としての方針」などが挙がっている。

 さらに日本法医学会も、それらを踏まえた上で、「原因不明の肺炎を疑う解剖にあたっては、解剖前にCOVID-19感染の確認を行うようにとの国立感染症研究所からの要請があり、各医療機関あるいは所轄の保健所に検査を依頼する必要がございます」と発表している。

 とはいえ、保健所も数多くのPCR検査を行う必要があるために、地域によっては、死体のPCR検査まで手が回らないという状況もあった。そのため、各地で保健所が死体の検査は受け付けないという事態が発生した。ある東京都内の法医学者は、「2021年になって、保健所から遺体のPCRは困ると正式に断られた警察もある」と語っている。

 コロナ禍では、新型コロナ陽性かどうかわからない異状死体を解剖する可能性があったため、医師で構成される日本法医病理学会は、「死体における感染可能時間については、確定した報告はないが、感染リスクを低減するため、死後48ないし72時間以上経過してから解剖する」と決め、また解剖自体でも、「口腔からアルコール注入後、酒精綿で鼻口孔を密栓する」「臓器の移動は最小限にとどめる」「頸部(筆者注:首)は肺と連続させたまま摘出する。そのまま速やかにホルマリンに容れ、固定する」といった解剖方法を急遽指示している。新型コロナの解剖は、二次感染など危険が伴うからだ。

 だが、感染の有無が確認できなければ、法医学者たちが解剖できない場合も出てくる。つまり、死因を究明することがないまま遺体は火葬されてしまう。コロナ禍の当初から「犯罪の見逃しが起きてしまいかねない」と苦言を呈す法医学者たちもいる。最近は医療従事者のワクチン接種が広がっているなど状況は多少改善しつつあるが、現場はまだ混乱している。

 繰り返すが、こうした構造問題は、新型コロナ発生前から日本に存在していた。

死体の扱われ方に“格差”が存在している

 死はすべての人たちに平等に訪れる。にもかかわらず、死んだ状況や場所、地域などによって、死体の扱われ方には格差が存在している。「死体格差」と言っていいだろう。

 死んだ後に、自分が人間としてどう扱われるべきか。それが生きている私たちにどう影響を与えるのか。本書が、それを考えるきっかけになればと願う。

 本書で取り上げる事例はすべて、取材に基づいた事実を元にしている。ただ、プライバシーを考慮して遺体などの属性を曖昧にしたり、日時や場所などを変えた部分もあることをご理解いただければと思う。それを条件として、各地の法医学者たちがこの本のための取材に、忙しい中で惜しみない協力をしてくれたことを付け加えておく。未知のウイルスが蔓延しようが、地下鉄で猛毒を使ったテロ事件が起きようが、日本全体を震撼させるような殺人事件を担当しようが、不十分な環境の中で、日々、死体と向き合う彼らは個性豊かで、ひとりの人間としても魅力的だ。

 それでは、日本で暮らす誰もが最後に経験する死の現場へ、ご案内しよう。

デイリー新潮編集部

2021年9月17日掲載

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