[世界に誇れる日本人]ケネディ、そしてモンローも。多くの著名人の検死解剖を手掛けた、アメリカ初の日本人検視局長

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■海を渡ったサムライ

 米国ロサンゼルスに単身のりこみ腕一本でアメリカを震撼させた日本人がいた、と聞いて誰を連想するだろうか。やはりスポーツ、それも野球のロサンゼルス・ドジャースで活躍した野茂英雄氏のことを想像する方が多いだろう。しかし野茂氏をさかのぼること四十数年前、終戦からまだほんの数年の1952年、単身米国に渡り現地の行政府のトップにまで上り詰めた「サムライ」がいたことをご存知だろうか。

 彼の名はトーマス・野口。本名は野口恒富。野口氏は横須賀で育ち、日本医科大学を卒業後、東京大学付属病院で研修医として働き、海を渡った。野口恒富はトーマス野口となり、人種差別や派閥闘争を戦い、ロサンゼルスで日本人初の検視局長に上り詰めた。

 野口氏の生涯を追った『ハリウッド検視ファイル―トーマス野口の遺言―』(著:山田敏弘)で彼の伝説的なエピソードが語られる。

終身職である検視局長として、トーマス野口が常に持っているバッジ(写真・本人提供)

■「クインシー」「CSI」「クリミナル・マインド」人気犯罪ドラマのモデルに

急死したマイケル・ジャクソンはLA地区検視局で解剖された

 現在では「検視」や「法医学」という言葉はテレビドラマなどでも耳にする言葉だが、当時の日本はもとよりアメリカでも「検視官」や「監察医」などといった職業は認知度が低かった。しかし野口氏の登場でアメリカでは一気に検視官の認知度が高まるようになった。野口氏がモデルになったドラマ「ドクター刑事クインシー」がはじまったのだ。ドラマでは野口氏が検視局長を勤めるロス検視局が実際に扱った事件を元にプロットが構築された。
 科学的医学的手法をもって事件をひもとくトーマス野口氏の活躍がなければ、後の人気ドラマ「CSI:科学捜査班」は存在しなかったであろう。

 さらに野口氏は検死解剖だけでなく、捜査当局や精神科医、ソーシャルワーカー、医療専門家などを動員して行う「サイコロジカル・オートプシー(心理解剖)」の発展・導入にも尽力した。こちらも現在では同様のテクニックが「サイコロジカル・プロファイリング(心理プロファイル)」としてFBIに導入されている。
 映画「羊たちの沈黙」やドラマ「クリミナル・マインド」なども野口氏の功績の延長線上にあるものなのだ。

■伝説的執刀

 絶世の美女「マリリン・モンロー」、華麗なる一族の大統領候補「ロバート・ケネディ」、魂の歌姫「ジャニス・ジョプリン」、人気絶頂のコメディアン「ジョン・ベルーシ」。全て野口氏が検死解剖を手がけた著名人だ。数々の事件で彼の名はあがり、有名人の死につきものの陰謀論の渦中にも巻き込まれた。しかし野口氏の仕事は日本人らしい緻密さと誠実さ誇り、それらの虚言・妄言を封じ込めてきた。

 野口氏は現在86歳。いまだ現役の法医学者である。彼を知る人の中には、野口こそ本物の「侍」だと言う人も少なくない。腕一本で、自らの美学と信念を貫きながら、信じた道を突き進んだからだ。世界中の法医学者で、野口の名を知らない者はいないだろう。日本人として、法医学の世界で侍のごとくひたすらに腕を研鑽し、哲学を貫いて戦ってきた野口氏の凄まじい生き様は、決して色あせることはない。

デイリー新潮編集部