20歳年下の女子大生と不倫 さんざん振り回された末、彼女が去ったアパートで暮らす男の心境

亀山早苗 新・不倫の恋で苦しむ男たち 国内 社会 2021年9月1日掲載

  • ブックマーク

 傾向として、男性は女性より「ええかっこしい」のところがある。自分をいいヤツに見せたい、悪者になりたくない。そういう側面が強いので、恋愛においても無意識のうちに女性に引きずられてしまうことがあるのではないだろうか。女性が自らの意志を自覚しつつ、「ダメ男」に惹かれることは多々あるが、男性の場合はそれとは異なるような気がしてならない。気づいたときには引き返せないところまでいっていることが多いのだ。

 森本孝史さん(48歳・仮名=以下同)は、「子どものころは孤独な時間が多かった。そして今も孤独です」と自嘲気味に言う。

 地方出身の彼は、両親が5歳のときに離婚。引き取った母は体が弱かったため、生活保護を受給するようになった。

「小さなアパートに住んでいたのですが、部屋は日当たりが悪くて、空気もいつもじめじめしていた。母は寝たり起きたりの生活でした」

 幼い頃から母親に教えられ、質素ながら食事の用意をしていたという。給食がいちばんのごちそうだった。両親の離婚の原因は父の浮気。新しい女性のもとへ転がり込んだそうだ。

「小中学校では、よくいじめられました。貧乏だったから。それだけの理由でね。世の中、理不尽だなと思っていた。その後、地元の高校を出て就職しました。これからはオレがおふくろを幸せにするんだと張り切っていたんです。初めての給料で母の好きな和菓子を買って帰ったら、泣いて喜んだ。ボーナスが出たら温泉にでも行こうと言うと、また泣いて。でもその数日後、母は自ら命を絶ちました」

 19歳になる直前だった。彼はたったひとりで通夜と葬式をおこなった。父親に連絡しようとは思わなかったという。それまで知らん顔していた近所の人から、数日後に「おかあさん、亡くなったんだって?」と無遠慮に聞かれ、彼は会社を辞めて上京した。

孝史さんを変えた出会い

 上京後、当時の職業安定所(現在のハローワーク)で紹介され、建設工事の仕事に就いた。下っ端のうえ経験もないので苦労したが、「親方」と呼んでいた上司は口は悪いが親切な人で、よく家に呼んでくれたという。

「親方の奥さんも明るくていい人だった。母とふたりきりの暗い部屋しか知らなかった僕が、家庭のよさを知ったのは親方のおかげです」

 彼は運転免許を取得、仕事に役立つからと大型免許も取った。さらにフォークリフトやクレーンなどの技能講習も受け、建設関係の車両の専門家となっていく。

「22歳のとき、親方の紹介で転職しました。『うちみたいに小さいところにいるより、将来のためには転職したほうがいい』と言ってくれて。本当に親同然だったからあのときは寂しかったですね」

 転職先は大学卒の社員が多く、彼はどこか引け目を感じた。同僚が大学の二部(夜間)に通っていると知って、彼もその気になった。会社にも相談し、翌年、見事に合格した。

「勉強なんてしたことがないから大変でした。でも楽しかったですね。週末は時間を忘れて図書館で勉強しました」

 大学2年生になった24歳のとき、彼は講義で一緒になる乃理子さんと親しくなった。4歳年下の彼女は、家庭の事情で高校を出てすぐ公務員となった。昼間は働き、夜は大学に通っているのだという。

 夏休みのある日、初めてデートをした。会社も大学も休みだ。映画を観て食事をして、それまでにないくらいふたりはしゃべった。しゃべりたりなくて彼は彼女を自分のアパートに誘った。

「そこからほぼ同棲状態(笑)。でも叱咤激励しあって、ふたりともちゃんと4年で卒業しましたよ。若かったけど、恋愛というよりは同士的な感情で結びついていましたね。卒業と同時に婚姻届を出しました」

 彼が27歳、乃理子さんが23歳になる年だった。28歳のとき長男が、30歳のときに次男が生まれた。30代になると彼は転勤が多くなったが、乃理子さんの仕事の都合で単身赴任せざるを得なかった。

「地方に2,3年いて、東京に1年というようなサイクルでしたね。遠方だと毎週帰るわけにもいかず、帰るたびに子どもが大きくなっている。妻にはいつも悪いなと思っていましたが、彼女は文句ひとつ言いませんでした」

 ところが40歳のころ、頑張りすぎた妻が倒れてしまう。ここから彼の人生は大きく変わっていった。

次ページ:一変した妻、そして女子大生との出会い

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]