「韓国のアフガン化」を恐れる保守 左派は「自主国防の強化」を訴えて米軍撤収を画策

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QUADに入ろう

 朝鮮日報は翌8月18日の社説「アフガンから去る米国を見ながら韓国の姿勢を考える」で、対中包囲網である「QUAD」に加わろうと主張しました。親米保守の同紙もこれまでは中国に気兼ねして「QUAD」に関し今一つ、腰が引けた論調だったのです。

・中国を狙った地域安保協力体であるQUADや、対中半導体輸出規制に韓国も参加すべきだとの米国からの圧迫はさらに強まるであろう。こうした米国の戦略に協力せずに、北朝鮮の脅威だけは防いで欲しいという韓国の曖昧な姿勢は持続可能ではない。
・ひたすら力の論理だけが働く国際社会のジャングルで、国家と国民を守ろうとするのなら、信じられる強大国との友好関係が必須である。南北イベント政治よりも先に、急変する国際情勢に対応する立体的な国家戦略が切実な時だ。

「アフガン陥落」は米中の間で逡巡していた韓国の保守の背中を米国側に突然に、大きく押したのです。

――韓国では、「アフガン陥落」は大ニュースだった……。

鈴置:日本で「遠い国のニュース」だったのと対照的でした。韓国人にとっては自らの運命がかかっているのです。まずは、朝鮮日報などが指摘したように、米国が「同盟ただ乗り」は許さないとはっきりと示したこと。

 もうひとつは、「アフガンからの米軍撤収」が「対中包囲網の強化」を意味することです。米国は今後、戦力と軍事費を中国に向け集中できます。韓国の「二股外交」はますます困難になるのです。

ハンギョレには藪蛇

――左派系紙のハンギョレの社説は?

鈴置:それが興味深い。「アフガン化」という、韓国の運命がかかる問題から目をそむけたのです。社説では「アフガン陥落」を何度も取り上げました。しかし「米国は西欧の基準を押し付けて失敗した」「難民対策が急務だ」など「周辺」ばかりを掘り返しました。

 以下の見出しからも、それが分かります。日本語版の見出しも韓国語版とほぼ同じです。なお、ハンギョレの韓国語版はネットでは社説などを紙の新聞よりも1日早く載せます。

・「20年ぶりのタリバンの政権奪還、アフガニスタンの教訓」(8月17日、日本語版)

・「アフガンの人権保護・難民対策、国際社会の関心が切実だ」(8月17日、韓国語版)

・「韓国を助け危険な状況にあるアフガン人に手を差し出さねば」(8月18日、韓国語版)

――なぜ、「韓国のアフガン化」に触れなかったのでしょうか。

鈴置:どう書いても「藪蛇」になるからです。保守系紙のように「韓米同盟を強化しよう」と書くわけにはいかない。左派の存在意義が南北融和にある以上、北朝鮮を怒らせることはタブーです。

 ことに、北朝鮮が「在韓米軍を撤収させよ」と要求している時なのです。南北関係を悪化させたら、来年の大統領選挙で左派からの支持も失いかねない。

 かといって、「米国は頼りにならない。米国との同盟は打ち切って自主国防路線に転換しよう」と本音を書くわけにもいかない。どんな世論調査を見ても、韓国人の過半数は同盟維持派なのですから。

 もしハンギョレがそう主張すれば、保守は「待っていました」とばかりに「韓米同盟と韓国を破壊する左派」と宣伝するでしょう。

保守系紙は「我田引水」

――こんな重要な問題を「ほおかむり」できるのですか?

鈴置:さすがに、できませんでした。ハンギョレはようやく8月20日になって社説で「アフガン化」を論じました。保守系紙が一斉に同盟強化を叫ぶのを、放置できないと判断したと思われます。

 朝鮮日報、中央日報の「同盟強化」を訴えた社説を批判する形をとりました。ストレートに自分の主張を書けば、先ほど説明したように「ボロ」が出るからでもありましょう。

 ハンギョレの社説「『米軍アフガン撤退』をめぐる無責任な我田引水の主張」(8月21日、日本語版)から引用します。

・(朝鮮日報と中央日報の社説は)韓国がアフガンのようにならないようにするためには、韓米同盟を強化して米国の中国牽制に密着すべきだという根拠のない主張だ。
・何より、バイデン大統領をはじめとする米政府の関係者たちが、韓国の重要性を強調し、懸念を静めようと努めている。バイデン大統領は18日の番組で韓国や日本、NATOなどの同盟国と台湾は、アフガンとは根本的な違いがあるとし、同盟が侵略されれば、相互防衛条約に沿って対応することを確認した。
・韓国をはじめとする同盟国に対しては、中国を牽制する役割を拡大し、費用分担も増やすべきだとの米国の要求が強まるだろう。韓国は、原則と地位にふさわしい国際的役割は拡大するにしても、米国の要求をやみくもに受け入れて中国との軍事的緊張と対決へと向かう状況は避けなければならない。

韓国こそが米国を捨てた

 ハンギョレの論説委員会は知恵を絞って書いたのでしょうが、説得力に欠ける社説です。確かに、バイデン大統領は「韓国を含め、同盟国は守る」と宣言しました。8月19日の米ABCのインタビューです。

・ the idea that w-- there's a fundamental difference between-- between Taiwan, South Korea, NATO. We are in a situation where they are in-- entities we've made agreements with based on not a civil war they're having on that island or in South Korea, but on an agreement where they have a unity government that, in fact, is trying to keep bad guys from doin' bad things to them.

 目的は同盟国の「見捨てられる」との不安を払しょくし、米国に対する信頼を確保することにありました。しかし、守る対象は「自らを守る意思のある同盟国」であることが暗黙の前提でした。

 保守系紙は「その中に韓国が入らない」可能性を懸念したのです。ハンギョレの社説こそが「我田引水」です。実際、アフガン陥落を期に、米国で「韓国は守るべき国なのか」と疑問が呈され始めました。

 R・コッサ(Ralph Cossa)パシフィック・フォーラム名誉理事長は「(今回の)米韓合同演習の縮小は米国ではなく韓国の要請による」と「韓国の米国離れ」を指摘。そのうえ、「米国が韓国と文在寅大統領への信頼性を懸念しているのであって、その逆ではない」と語っています。原文は以下です。

・Downscaled drills have been at ROK request, not Washington’s. The US is pressing for more, not fewer exercises. The US has more to worry about ROK/Moon reliability than vice-versa.

 米国務省が所管する放送局、VOAの取材に答えたもので「米専門家ら『アフガン事態、韓国に軍事訓練の重要性を想起させた…北朝鮮と中国の誤った判断を防げ』」(8月19日、韓国語、談話は英語も)で読めます。

 米国の安保専門家が「韓国に対する信頼の欠如」を語り、それを政府系メディアが堂々と報じ始めたのです。

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