横浜市長選圧勝でも野党は“枝野隠し”の不可解 3つのポイントで読み解く総選挙の行方

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 横浜市長選に惨敗した自公政権内では「菅かくし」が進んでいるが、実は野党内でも「枝野かくし」が進行していると言う。自ら隠れていると言った方が良いかもしれない。

 投票結果をそのまま小選挙区に当てはめれば、11月までに行われる総選挙で自民党が大きく議席を減らすことは確実だ。

 では、どの政党が議席を伸ばすのか。

 当選した山中新市長を推薦した立憲民主党が、共産党の応援を得て大きく議席を伸ばす…なんて野党の人たちが思っているとしたら大甘だ。

 今回の横浜市長選の結果は、来る総選挙での自公辛勝に繋がると考えるべきだ。そこには押さえるべき3つの勘所がある。

横浜市長選投票結果挿入

山中竹春 506,392(33.6%)
小此木八郎 325,947(21.6%)
林文子 196,926(13.1%)
田中康夫 194,713(12.9%)
松沢成文 162,206(10.8%)
福田峰之 62,455(4.1%)
太田正孝 39,802(2.6%)
坪倉良和 19,113(1.3%)
(候補者 得票数(得票率))

 一つ目は、ダブルスコアにならなかったこと。事前の世論調査では、山中が小此木を倍差で引き離すという見方も強かった。実際には山中50万に対して小此木32万で、自民党の国会議員は首の皮一枚でつながった感がある。と言うのも、小選挙区制にあてはめた場合、ダブルスコアで負けた候補は比例復活する可能性がほとんどないからだ。

 二つ目は、保守層の合計得票数。今回は保守分裂選挙となったが、小此木と林文子の合計得票数が山中を上回るかどうかも注目ポイントだった。もし小選挙区で自公と立憲の候補が一騎打ちとなった場合、どちらが勝つかの参考となるからだ。小此木と林の合計得票数は52万で、山中を僅差ながら1万6千票あまり上回っている。数字だけを見れば、衆院選で保守が候補者を一本化できれば当選できることを意味する。

 三つ目は、田中康夫・松沢成文・福田峰之という著名な(?)泡沫候補の得票数。田中、松沢については知名度もあったが、3人合わせると42万票弱。各様の見方はできるが、私はこの票数について、自公はイヤだが立憲も共産もイヤだという人たちの意思の集積と受け止めた。実に、得票率27.8%。あまりに数字が大きい。

 このように選挙結果を仔細に見ると、来る総選挙で立憲圧勝、自民危機という分析にはならないことが分かるだろう。

「悪夢の民主党政権」に囚われ…

 2年以上長期化することが確実なコロナ禍。アジア太平洋地域の各国の政権を見回すと、あることに気付く。政権交代が常態化している国や地域では緊張感のある政策が打ち出され、デルタ株流行前は感染を一時的に抑え込んだところが多いのだ。代表的なのが台湾やニュージーランド、オーストラリアで、韓国も日本よりはずいぶん程度が良い。感染抑制に失敗すれば次の選挙で政権から転がり落ちるため、最高権力者は躍起となる。一方、独裁国家も感染抑制がうまく行っている。例えば、中国やシンガポール。一党独裁ではあるが、内部で激烈な権力の暗闘が繰り広げられており、特に中国共産党内は凄まじいものがある。つまり、民主主義だろうが独裁政治だろうが、激しい権力闘争が存在すれば、打ち出す政策は緊張感に満ちたものとなる。

 日本はどうか?

「悪夢の民主党政権」に囚われ、普通の政権交代といつまでも区別できないまま、政権交代自体が悪いことのように刷り込まれている国民があまりに多い。政権交代こそが民主主義という他国では当たり前の考え方が、ほとんど理解されていない。

 民主主義の舞台は議会。その議会の主役は野党だ。政権を堂々と批判し、時の政権が腐ってきたら野党が政権を取って代わることで民主主義は効率的に機能する。

 国民の納得するコロナ対策は未だに打ち出されていない。ワクチン接種の遅れは元より、感染者の大規模収容施設の設営も進んでいない。医療は崩壊し、入院したくても入院できない惨状だ。しかし、これは当然である。自民党や公明党に政権交代の危機感がないからだ。緩みきった政権に緊張感を求めるのは、八百屋で魚をくれと言うようなものだ。

 さて、それでは日本の議会の主役、野党のトップは何をしているのだろう。

 横浜市長選だけでなく、この数か月、枝野幸男代表の動きがあまりに不可解である。
ニュース等で彼の発言が取り上げられることはほとんどない。ようやく姿を見たと思ったら、新ポスターの発表だとか、「早く国会を開くように」とか、コロナ対策で「この半年あまり、政府、東京都は何をやってきたのか」と言った具体性のないことばかり。横浜市長選に至っては、山中が当選したにも関わらず、Twitterでこの件に触れることさえない(8月25日時点)。

 野党関係者は枝野について「いまは目立ったことをしない作戦」と分析するが、そんな根性で政権が転がり込んでくると考えているなら、見当違いも甚だしい。

 私はこれまで4度の政権交代をそこそこ間近で見てきた。当時の野党は、日本新党であれ、自民党であれ、民主党であれ、凄まじい気迫と努力で政権を奪取してきた。過去の政権交代前夜の熱気を思い返すにつけ、いまの枝野代表に政権奪取の気があるとは思えない。ある野党議員は「枝野さんは、批判しているだけの野党のお山の大将が気分いいんだよ」と諦めを口にしていた。また、さる自民党議員は「スガさんがいくらイヤだからって(国民は)枝野さんに投票するかね」と嘯いた。まさに、今回の横浜市長選での泡沫3候補の得票率27.8%が頭をよぎる。

 守株という言葉がある。「株を守りて兎を待つ」という中国の故事だ。昔、兎が木の切り株に頭をぶつけて気を失ったのを見た農民が、この兎を獲物とした。その後、農民は仕事をせずにずっと切り株を見守り、もう一度兎が頭をぶつけるのをひたすら待っていた……という話である。

 政権とは、木の切り株に頭をぶつける兎ではない。あらん限りの知恵と努力で奪い取り、自分の政治的理想を実現するものだ。

 物言わぬ枝野は守株どころか、兎がぶつかる切り株を自ら遠ざけているようなものだ。逆説的だがむしろ自公政権の生命維持装置になっているとさえ言えるのだ。

 野党党首に政権を取る気がなければ、年内の総選挙で自民が第一党となることは確実だ。自公で過半数もそれほど高くないハードルだろう。万一過半数割れしても、日本維新の会が連立か閣外協力に加わるという観測が強く、政権の枠組みが大きく変わることはない。

 日本の政治からますますダイナミズムが失われ、政治的後進国、経済的中進国に落伍していくことを深く憂慮している。菅総理が辞めるか辞めないかという話より、気概のない野党トップが辞める方がよほど日本の民主主義に貢献し、緊張した政治を生み出すことになるのだ。

武田一顕(たけだ・かずあき)
元TBS北京特派員。元TBSラジオ政治記者。国内政治の分析に定評があるほか、フェニックステレビでは中国人識者と中国語で論戦。中国の動向にも詳しい。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月26日掲載

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