開設16年で花開く映画監督の養成機関 東京芸大大学院・映像研究科映画専攻の驚くべき実力

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 芸術教育の最高峰である東京芸術大の大学院に映画専攻があるのはご存じだろうか。黒澤明、小津安二郎クラスの世界的映画人を養成するため、2005年に開設された。入試難易度、教育水準ともに国内最高レベル。同大学院出身者が映画・ドラマ界の一大勢力になりつつある。

 東京芸大の本部があるのは東京・上野だが、大学院の映像研究科映画専攻は横浜市内に置かれている。国立では唯一の映画制作者養成所である。

 なぜ、設立されたかというと、その理由の1つが世界で通用する映画人を養成するため。そもそも先進国で国公立の映画制作者養成所がないのは日本だけだった。

 開校から16年が過ぎた。逸材が次々と生まれている。「ドライブ・マイ・カー」でカンヌ映画祭の脚本賞など4冠に輝いた濱口竜介監督(42)もOBである。東大文学部を卒業後の2006年に入学した。

 ドラマ界で活躍している人もいる。6月に終了した「大豆田とわ子と三人の元夫」(関西テレビ制作、フジテレビ系)の演出陣の1人だったフリー監督・池田千尋さん(40)もOG。早大第一文学部卒業後の2005年に入学した。とわ子(松たか子、44)が小鳥遊大史(オダギリジョー、45)と出会う第7話などを撮ったのが池田さんだった。

 ほかにも映画「はつ恋」(2013年)の鶴岡慧子監督(32)や同「宮本から君へ」(2019年)の真利子哲也監督(40)、「神様のいるところ」(2019年)の鈴木冴監督、「ジオラマボーイ・パノラマガール」の瀬田なつき監督らが修了生。映画界の一翼を担い始めている。

 一方、教える側の顔ぶれはというと、まず脚本領域を担当しているのは坂元裕二教授(54)。説明するまでもないが、「大豆田とわ子」や日本テレビ「Mother」(2010年)、フジ「それでも、生きてゆく」(2011年)などを書いてきた脚本界の第一人者だ。

 脚本領域で客員教授などを除いた教授は坂元氏しかいない。指導のほぼすべてを任されていることになる。芸術教育の最高峰である芸大は、坂元氏をわが国で最高の脚本家と見ているわけだ。

 ちなみに坂元氏自身は大学に進んでいない。奈良育英高(奈良市)卒業後に上京し、アルバイトをしながら独学で脚本を学んだ。そもそも芸大は大学も大学院も教授の選考時に学歴を一切気にしないのである。見るのは実力と実績だ。

 坂元教授の最新作「大豆田とわ子」を池田さんが演出した。坂元教授は安心して演出を任せられたのではないか。芸大つながりの力が映画界、ドラマ界で発揮され始めている。

 監督というものについて教えているのが黒沢清監督(66)。昨年、黒沢監督がメガホンを執り、蒼井優(35)と高橋一生(40)が出演した「スパイの妻(劇場版)」がヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞したのが記憶に新しい。

 黒沢監督は過去にも国際的な映画賞を数え切れないほど受賞している。「回路」(2000年)はカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を得た。「トウキョウソナタ」(2008年)はカンヌのある視点部門審査員賞を受賞した。

 目立つ行動をしない監督なので、映画ファン以外の知名度はそう高くないが、世界が最も注目する日本人監督として知られる。坂元教授もそうだが、芸大の映画専攻の教授陣はパフォーマンスと縁のない職人気質の人が揃っている。

 「風の電話」(2020年)の諏訪敦彦監督(61)も教授。諏訪氏もこの映画でベルリン国際映画祭国際審査員特別賞を受賞するなど世界的に高く評価されている。「ウォーターボーイズ」(2001年)などの製作総指揮者である桝井省志氏(64)も教授だ。

 かつてはビートたけし(74)こと北野武監督も教授を務めていた。映画界の誰もが認める超一流の映画人を教授に起用しているのである。

 国立であるため、学費はそう高くない。設備も整っている。入学がかなえば最高水準の教育を受けられる。だが、その入試難易度は映画、ドラマ業界内で「怖ろしく難しい」と言われている。実態を調べてみた。

 2021年度入試の場合、定員は32人。その定員内で領域が監督、脚本、プロデュース、撮影照明、美術、サウンドデザイン、編集に分かれている。

 受験者数は計58人。合格者数は監督領域が3人、脚本領域が4人、プロデュース領域が9人、撮影照明、美術、サウンドデザインがそれぞれ4人、編集が3人だった。狭き門だ。合格者が定員を大きく下回った。

 なにしろ試験が飛びきり難しい。落とすための試験ではないかと思いたくなるくらい。志願者は12月下旬から2月半ばまでの約1カ月半、3次まで試験を受けなくてはならない。

 筆記はもちろんあるし、短編映画や課題の提出も要求される。用意された脚本と役者を使って演出を行う実技試験もある。

 2021年度入試の筆記試験の一例はこうである。
●次の成瀬巳喜男監督の作品の中で、脚本が水木洋子でないものを選びなさい。(1)「おかあさん」(2)「浮雲」(3)「乱れる」(4)「あらくれ」(5)「山の音」(答えは(3))

 いきなりこの問題を出され、正解できる人はどれだけいるだろう。邦画通を自認する人でも難しいのではないか。

 こんな問題もあった。
●次のアルフレッド・ヒッチコック監督の作品の中で、イギリスで撮影されたものを選びなさい。(1)「フレンジー」(2)「裏窓」(3)「サイコ」(4)「レベッカ」(5)「鳥」(答えは(1))

 イギリス生まれのヒッチコックは1925年に監督デビューしたが、1940年に渡米。だが、1972年公開の「フレンジー」は米英合作で、イギリスで撮られた。この問題も即答は至難のはずだ。

 監督領域の場合、プロット(ストーリーの要約)も書かされる。「『軽蔑』をモチーフとする5分程度の短編映画のプロットを書きなさい」というものだった。これも簡単ではないだろう。
 詳しくは入試要項と過去問題をご覧になっていただきたい。

 晴れて入学すると、カリキュラムは「ゼミナールを含む講義」と実際に映画制作を行う「映画制作実習」の2本柱。軸となるのは作品制作であり、短編から長編まで年間数本の作品を実習として制作する。

 監督や脚本家などの道を選ばず、企業などに就職する修了生ももちろんいる。就職先は博報堂DYメディアパートナーズ、電通、読売広告社、テレビ朝日、アスミック・エース、ファントム・フィルム、KADOKAWAメディア・ファクトリー、アミューズ、東京国立近代美術館フィルムセンター、テレビマンユニオン、NHKなどである。修了生は引く手あまたらしい。

 さて、芸大の映画専攻関係者には不思議な共通点がある。西島秀俊(50)を寵愛しているのだ。まずOB・濱口監督の「ドライブ・マイ・カー」の主演が西島なのはご存じの通り。OG・池田さんの初長編映画「東南角部屋二階の女」(2008年)の主演も西島なのである。

 黒沢清教授にいたっては「クリーピー 偽りの隣人」(2016年)など実に4作品に西島を起用している。これにとどまらない。諏訪教授も「風の電話」で西島に極めて重要な役を与えた。

 嘘の感じられない演技をする西島は玄人ウケする役者だが、国際水準の作品を目指す芸大映画専攻の関係者には特にウケが良かったようだ。

 最近の西島がどこにも引っ張りダコなのは知られている通り。NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」ではヒロイン・永浦百音(清原果耶、19)の人生に大きな影響を与える気象予報士・朝岡覚に扮している。

 10月からは原案・企画を秋元康氏(63)が担当する「真犯人フラグ」(日本テレビ、日曜午後10時30分)に主演する。2クールのミステリー作品(6カ月)で注目作である。

 一足早く西島を重用していた芸大関係者。最高峰なので、炯眼でもあるらしい。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月21日掲載

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