初めて明かすプロポーズ「奥様は東京藝大生」未公開エピソード そして青髪の彼女は作家の妻となった

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 累計40万部を突破したノンフィクション『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』(二宮敦人・著)は、社会現象にもなった前人未到、抱腹絶倒の探検記。小説家を探検に駆り立てたのは、学生結婚した妻(東京藝大生)のふしぎな生態だった。そして、探検から帰還して5年経ってもなお、家に帰れば妻という最大の謎は残されたまま。彼女との出会いとその後の探検(ただし家庭内)の成果を、二宮氏が初めて報告する。

「楽しい、から……?」

 初めまして。二宮敦人というペンネームで作家をしている者です。仕事柄、普段から思いついたことをメモに取る癖がついているのですが、中でも日々、分厚くなっていくメモ帳があります。それが、妻に関するものです。彼女は常に僕の観察対象なのです。

「今年こそ、あれをやりたい。何年も前から、ずっとやりたかった」

 一体何かと聞くと、バケツイネだという。

「何それ」

「バケツでイネを育てる」

「……?」

 ポリバケツに土を入れて、イネを種籾から育てられるそうだ。小学校でやったアサガオ観察のようなものか。だとしても、なぜ数ある娯楽の中からバケツイネを選び出すのだろう。

 聞くと、妻はしばらく考え込んでから、ぼそりと呟く。

「楽しい、から……?」

 僕には彼女がわからない。こんなとき、メモ帳には新たな一文が書き込まれる。

――妻、バケツイネを注文する。ずっとやりたかったらしい。理由は楽しいから。

 メモ帳を読み返すと、妻はダンゴムシを育てたり、メダカを飼ったり、苔を増やしたりしている。

それでいいのか

 僕は何でも言語化して納得したい人間である。バケツイネを選ぶなら選ぶで理由が欲しいし、それを自覚していたいのだ。たとえば、こんな風に。

――日々、自分が美味しく食べている米というものがどのように作られているか関心があったが、農家に体験に行くような時間は取れずにいた。しかし、ベランダでバケツ一つで育てる方法があると知った。これなら自分でもできるので、チャレンジしたくなった。

 理由が高尚である必要はない。ただ、楽しいなら楽しいで、何がどのように楽しいのか、何と比べてなぜ楽しいのか、そういった分析が必要だと思う。

 そんな僕からは、妻が何も考えていないように見えるのだ。

 テレビでアニメを一緒に見ているとき。妻は感想を口にしてくれる。

 画面の中で、激しい爆発が巻き起こる。はっと息を呑む妻。

「どした」

 たくさんのロボット同士が戦っているのだ。敗れたロボットは腕が千切れ、足が折れて、虚しく宇宙空間を漂っていく。途方に暮れたような声で妻。

「ちんでる」

 しぶとく戦っていたロボットも、多勢に無勢。ついに包囲され、一斉射撃を受けて力尽きた。そして妻。

「かなしい」

 間違ってはいない。そして作品をどう受け止めようと視聴者の自由である。しかしこのシーンにはたぶん、戦争の虚しさや悲惨さ、そしてビーム砲の引き金を引くパイロットの一瞬の躊躇いなどが盛り込まれている。それを、妻は……それでいいのか。

「わ、この鶏のあぶり焼き、おいしい」

 飲食店で、一緒におかずをつついていてもそうである。確かになかなかの逸品であった。表面の油はよく落とされているが、噛むと中はしっかりジューシーで、皮はぱりっと焦げている。麹と醤油をベースにしたタレも香ばしい。

 しかし妻の感想はこう。

「うまうま!」

「どこが気に入った?」

「味がついてる!」

 それでいいのか。

 ある日、妻がパンツいっちょで寝室から出てきた。まだ眠いのだろう、目をこすりながらふらふらと歩いてくる。

 廊下には僕が昨日脱ぎ捨てたズボンが、そのままになっていた。ズボンをまたごうとした妻は、そこでしばらく考え込み。すっとズボンを穿いた。そのまま特別なリアクションなどはなく、ソファまでやってきて座ったのである。

「なんで今、ズボン穿いたの」

 僕が聞くと、妻は答えた。

「落ちてたから……」

 落ちてたから穿くというなら、僕が着ぐるみやふんどしを廊下に落としておいたらどうするつもりなのか。

 この人は行き当たりばったりで生きているのではあるまいか。こんなんで、本当に大丈夫なのか。そう不安に駆られたりもする。

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