東京五輪の感染拡大防止は「直帰率」がカギ 「直帰率8割で感染増はある程度抑えられる」

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 デルタ株が怖い、五輪で感染が広がる、と相変わらず世間を怖がらせる言葉が、次々と発信されているが、夏から秋への方向に、コロナの出口はたしかに見え始めている。カギを握るワクチンについては、不安を抱く人も多いが、そのすべてにここで答えたい。

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 東京五輪の開幕まで2週間余りだが、開催を喜べない人がなお少なくない。朝日新聞社が6月26、27日に都内の有権者を対象に行った世論調査では、この期に及んで五輪の「中止」を希望する人が33%、「再び延期」を望む人が27%で、合わせて6割に達した。

 もっとも、なんらかのデータに基づいて回答した人は、ほとんどいないだろう。世論を左右するのは一般にムードであり、ムードは主にメディアが醸成する。

 たとえば、6月27日放送のTBS系「サンデーモーニング」で、ジャーナリストの青木理氏は、「五輪の最中に緊急事態宣言を発令せざるをえない状況になる可能性が非常に高く、五輪開催の一方で、医療にアクセスできず、自宅で命を落とすような人が出る状況になりかねない」と語った。

 五輪中の緊急事態宣言の可能性を、なぜ「非常に高い」と言い切れるのか、なんら根拠は示されていないが、こうした無責任な発言が世論に影響を与える。

 では、われわれが状況を判断する際に参考になる情報やデータはないかといえば、そんなことはない。

 6月20日、菅義偉総理は公邸に、東京大学大学院の仲田泰祐准教授と藤井大輔特任講師を呼び、意見交換した。数理モデルの政策分析を長年重ね、コロナ禍においては、内閣府コロナ室や厚労省アドバイザリーボードからも頼りにされてきた仲田氏は、チームで新型コロナの感染に関するシミュレーションをいくつか発表している。この日も仲田氏は菅総理に、「慎重に経済活動を再開すれば、再度の緊急事態宣言の発令を避けることができる」と説明したというのだ。

 そのシミュレーションを見てみよう。最初に同日発表の「コロナ感染と経済活動の見通し」。藤井特任講師が説明する。

「これは東京都が対象で、東京では6月20日、緊急事態宣言が解除され、3カ月かけて人流と経済が回復していく見通しです。ワクチン接種が速く進むほど、感染者数や重症者数が抑えられる、という結果が出ています。ただし、デルタ株の広がり方に不確実性があり、表に示したように、デルタ株が7月末に8割、8月末に9割を占めるほど広がり、アルファ株より感染力が強いとなると、今後、少なくとも2カ月は、ワクチンの力で収束に向かうまでにはならず、もう一度波が来てしまう可能性があります」

 それでも、高齢者のワクチン接種が進めば全体の重症化率は低下し、さらには5~7カ月かけて、経済活動がコロナ禍以前の水準に回復する、と想定する。

 続いて、「五輪による国内感染への影響」についてのシミュレーション。

「海外からの入国者による影響は、約10万人が入国するという前提で試算しましたが、それより少ない人数になりそうです。また、国内の人流は、五輪会場に入る観客によって感染が拡大する直接的影響と、五輪の会場以外でお祭りムードが広がることなどによる間接的影響の、二つに分けています。直接的影響の対象になる1日18万人は、チケット販売数の15万人と、ボランティアその他で会場に来る3万人の合計。間接的影響の約1400万人は東京都の人口です」(同)

直帰率が高ければ大丈夫

 このシミュレーションでは、五輪の人流で感染者はどれくらい増えるのか。仲田准教授が継いで説明する。

「18万人の感染リスクが普段よりどの程度高くなるか、という視点から、感染者数への直接的影響を試算しました。まず18万人を、コロナ禍における平均的感染リスクが、五輪の会場に行って“直帰する場合”“直帰せずハイリスクな行動をとる場合”“直帰せず少しだけリスクがある行動をとる場合”の三つのグループに分け、計算しました。直帰率が5割ほどだと、東京都における1日当たりの感染者数が40~50人増、直帰率8割程度なら、感染増はある程度抑えられる、という結果が出たので、“抑止可能”と表現しました」

 ただし、直接的影響と間接的影響は、完全には切り離せない。たとえば、会場に客が入っているのを見て、飲食店が自粛する気を失う、といった間接的影響を、仲田准教授らは「負のアナウンスメント効果」と呼んでおり、その大きさが読み切れないという。

 それも含め、直帰率を上げることが大事なようだ。

「会場内のリスクは、しっかりとした対策がとられるはずなので、さほど高くない。会場への行き来の際に、普段とくらべてどのくらいリスクのある行動をとるか、が重要なポイントです。試算では、直帰率を上げてそうした行動を抑制できれば、感染リスクを抑えることは可能だとしています」

 五輪で感染拡大という根拠のない煽りに翻弄されることに、生産性はない。リスクがどこにあり、どうすれば避けられるか、データをもとに勘案してこそ、建設的な意見をもてるはずだ。コロナの出口戦略も、そうした姿勢の先にしか立てられないはずだが、わが国のコロナ対策はそうなっていない。医師でもある東京大学大学院法学政治学研究科の米村滋人教授が言う。

「現状、緊急事態宣言の代替となる対策が不十分だと考えます。飲食店ばかりを目の敵にして飲酒を規制していますが、飲食店を経由して感染した人は、全体の数%にすぎないと言われます。つまり、ほかの九十数%の感染者の出所に対しては、リスクを抑える手当てがほとんどできていないことになります。いま再び感染者が増えているのは、こうした理由からでしょう」

 問題はどこにあるのか。

「政府の新型コロナ対策分科会は個別の感染対策より、人の行動抑制という集団的な対策にばかり熱心で、施設や店舗の内部で感染を防ぐ工夫としてなにがあるか、という分析はほとんどしていないように見える。それが分科会の中心メンバーである疫学者の限界だと感じます。疫学者は感染者数を見るのは得意でも、感染が起こりやすい場を一つひとつ検討して感染者数を減らす、という感染対策の専門家ではありません。たとえば飲食店も、換気をしっかりしていれば感染を抑えられますが、具体的にどう換気すればよいかは、建築や空気の流れの専門家でないと分析、評価できません。そういう人材を招いていない、という点に根本的な問題があると思います」

 さらに米村教授は「飲食店への対策が本質だ、というのが間違っていたと、政府が認めるところからすべてがスタートする」と言って、こう続ける。

「国の打ち出した、飲食店への入店は原則4人という数字にも、東京都の2人という数字にも、まったく意味がない。たとえ1人でも、換気がなされない環境なら感染リスクがあり、人数の問題ではありません。では、どこが危険か。保健所の積極的疫学調査で、1件ごとの感染の背景や、具体的なクラスターの発生施設など、わかっている情報があるはずなのに、それが国に寄せられず、解析できていないというのです。厚労省が保健所に働きかけ、情報を集めて分析すべきなのに、個人情報保護を盾に放置されていると思われます」

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