「デバイス」から「ソリューション」の会社へ――佐藤慎次郎(テルモ株式会社代表取締役社長CEO)【佐藤優の頂上対決】

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43歳でテルモ入社

佐藤 新しいビジネスモデルの構築には、かつて佐藤社長がアーサー・アンダーセンという有名なコンサルティング企業にいた時の経験が生きてくるのではないですか。

佐藤(慎) そういう面はあるかもしれませんね。

佐藤 私と佐藤社長は学年が一つ違いで、同世代です。その中では、佐藤社長はかなりユニークな経歴を歩まれてきたと思います。私たちはまだ終身雇用の幻想の中で生きてきた世代でしょう。

佐藤(慎) 私は最初、東亜燃料工業という石油会社に入社しましたが、当時は途中で辞めて会社を転々とするとは思ってもみませんでしたね。ただ東燃はエクソンモービルの子会社でしたから、わりと早めに時代の波に洗われたところがあります。石油業界は成熟して成長があまり期待できず、再編が早く進みました。ですから90年代半ばには出ていく決心をしていましたね。

佐藤 日本がバブルの後遺症に苦しんでいた時代です。

佐藤(慎) 私がアンダーセンに移る決意をしたのは98年ですが、その前年には北海道拓殖銀行が破綻し、山一證券が自主廃業しました。日本経済が大きく疲弊していた。だから私自身も日本経済もこれから大きく変わらなくてはならないという気持ちが心のどこかにあって、30代、40代は誰よりも時代の流れに敏感にならざるを得なかった気がします。

佐藤 その時にM&Aなど、世界経済の動きを見ていたことがいま非常に役に立っている。

佐藤(慎) 私は04年、43歳でテルモに入社しましたが、東燃は外資の子会社でしたし、アンダーセンはアメリカの五大会計事務所の一つでしたから、M&Aが必須アイテムなのは半ば常識でした。だから実務的には役に立てたかなと思います。

佐藤 テルモにしても佐藤社長にしても、非常にいい時期にお互いを得た感じですね。

佐藤(慎) 先に述べましたが、00年くらいからテルモは本格的に海外の会社を買い始めます。買ったら終わりではなくて、その後もマネジメントが必要になる。テルモの場合、買収後に日本式に統合してしまうのではなく、現地で独立子会社にしていますから、5年、10年とやっていくなかで、いろいろな問題も生じます。そうしたトラブルシュート(問題解決)を含めて、本社のマネジメント能力が問われていた。入社の際は、そこには力を発揮できるのではないかと思っていました。

グローバル企業の人事

佐藤 いま外国人の割合はどのくらいですか。

佐藤(慎) グループに2万6千人以上いますが、その8割が外国籍です。彼らにちゃんと会社の戦略を理解してもらい、持っている力通り働いてもらわないと会社がうまく回っていかない状況になっています。

佐藤 それには彼らの生まれ育った文化を知る必要がある。

佐藤(慎) はい。現地の文化に培われた人事的な慣習などが肌感覚でわからないと苦労します。英語ができるだけではダメで、コミュニケーション能力とリーダーシップを身に付けていないと、コントロールすることもサポートすることもできません。

佐藤 阿吽の呼吸が通じませんから、論理の力が必要になります。

佐藤(慎) そこでグループ共通の価値観として、Respect(尊重)、Integ­rity(誠実)、Care(ケア)、Quality(品質)、Creativity(創造力)の五つをコアバリューズに定めました。日本人にとっては言わずもがなのことでも、外国人には言葉にして伝えないと響かない。グローバルカンパニーには明確な言葉が必要です。それによってお互いが同じものを共有していくという実感が生まれ、物事が動いていく。

佐藤 同時に重要なのは、コア社員になる人の健全な愛社精神をどう育てていくかですね。

佐藤(慎) いま心がけているのは、グローバルに共通の人材のプラットフォームを作って教育すること、そして地域の事業代表者を集めた全体会議を年に1、2度行い、そこでは地域のことではなく、テルモの代表として、これからどういう会社にしていくかというテーマで話し合ってもらうことです。サッカーチームで言えば、クラブチームからナショナルチームになったときには、「フォア・ザ・ナショナルチーム」になる。そういう感覚になってもらう。コアバリューズもそのメンバーと一緒に考えました。

佐藤 それでは、これからどういう人材が欲しいですか。

佐藤(慎) やはり自分でモノを考えられる人ですね。20世紀のうちは、医療機器の歴史の流れを受けて、こういうものが欲しいというニーズが現場から寄せられました。日本の場合は、アメリカで実用化されているものを日本的に改良していけばいいというところもあった。でも21世紀になり、医療の世界が成熟し、日本も先頭を走るようになってくると、全体を見渡し、何が求められているのか、どういう解決策を出せば医療現場がもっとよくなるかを自分で考えていかなければならない。だから顧客と一緒になって考え、現場に入っていく能力が強く求められます。

佐藤 もう製品一つで何かが解決できる時代ではない。

佐藤(慎) はい。21世紀の医療課題を一つずつ解決していくビジネスモデルの構築がいま求められていると思います。

佐藤慎次郎(さとうしんじろう) テルモ株式会社代表取締役社長CEO
1960年東京生まれ。東京大学経済学部卒。84年東亜燃料工業入社。米国デューク大学に留学しMBA取得。親会社エクソンモービル出向後、99年にアーサー・アンダーセンに入る。2004年テルモ入社。輸血関連事業の柱となる米カリデイアンBCT社のM&Aなどを担当し、グローバル化を推進。15年常務、17年より代表取締役社長CEO。

週刊新潮 2021年6月24日号掲載

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