制作者が語る「ビッグダディ」秘話 美奈子登場で激変 夫婦喧嘩の裏側と番組終了の理由

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一家は散り散りに

 林下一家も小豆島を離れ、清志氏は岩手県盛岡市で接骨院を開院する。進学や就職を機に親元を離れる子どももいた。

「大皿を囲んでみんなで食事をするといった、かつての大家族の姿は無くなりました。清志さんがキャプテンのチームのような一体感が、林下家から感じられないようになったとでも言いましょうか。その上、子ども達は様々な道に進んで頑張るけれども、社会の厳しさに直面することも多くなりました。とはいえ、皮肉なことに番組に悲壮感が漂うようになってからも、視聴率は下がりませんでした」(同)

 結局、「痛快!ビッグダディ」シリーズは、第20回(2013年12月29日放送)で最終回を迎える。元妻・佳美さんを含め、一家が盛岡に再集結する様子が約4時間に亘って描かれた。

「完結するには、良いタイミングだったと思います。全国に別れて住む一家をそれぞれ撮影するのは大変でしたし、もはや大家族とも言えないような状況でしたから。最終回で、一家が盛岡に集まり、番組初期を思い出させる大家族らしい姿を撮影して、“ビッグダディ”シリーズを終えられたことは本当に良かったです」(同)

運命を変えてしまった

 放送の度に賛否を巻き起こした“ビッグダディ”シリーズだが、最終回も高視聴率を維持した。

「15年前、初めて清志さんに会った時に感じた“金の卵を見つけた”という私の見立ては間違っていませんでした。それどころか、林下一家は私の想像を上回ることを次々と起こしていきました。今になって思うのは、清志さんによく付き合って頂いたからこそ、こんなに面白い番組が出来たということです。本当に感謝しています」(同)

 そして、番組によって運命が大きく変わってしまったのは、元妻の佳美さんである。番組からの提案が無ければ、奄美で清志氏に再会することは無く、ましてや再婚し、子どもを授かることも無かったからだ。

「最終回では、佳美さんは神奈川県で次女の柔美さんと同居を始め、ラーメン屋で修行を始める様子が描かれました。その後どうしているのかと思っていたところ、去年、佳美さんが突然会社に電話をくれたんです。といっても保険のセールスだったんですが、何でも今は保険の外交員として働いているとかで、私に保険のアンケートに協力して欲しいという用件でした。とにかく元気に働いていらっしゃることが分かって、ホッとしました。美奈子さんの方は、現在『美奈子ファミリーTV』というYouTubeで、子育ての様子などを発信して人気があるみたいです。幸せな毎日を送っているようですね」(同)

 一方、清志氏は、番組終了後、テレビ番組のコメンテーターなど活躍の幅を広げ、現在は東京で飲食店の店長をしているという。

「私を含め、番組スタッフは一家に真摯に向き合ってきました。それでも、テレビに出たことが、清志さんや林下家の皆さんにとって良かったのかどうか、今でも分かりません。もし15年前に私が岩手県久慈市まで会いに行かなかったら……ということを考えてしまいます。とはいえ、清志さんは、素人のままでいるのは勿体無いほど、強烈な個性と面白さを持った人間であることは間違いないです。それを世の中の人に知ってもらうことが出来たというのは、ひとつの成果と言えるかもしれません」(同)

「制作者が明かす『痛快!ビッグダディ』秘話 林下一家“奄美大島移住”の真相」(2021年6月7日配信)という第1回の記事を読んだ清志氏は、〈石川さん、お互い何回かピリピリしましたが…お世話になりました(笑 〉と感想をTwitterに投稿した。清志氏の中でも、番組出演は良き思い出となっているのかもしれない。

「『痛快!ビッグダディ』は、シリーズを通して高視聴率を獲得しました。プロデューサーとしては、他の大家族モノには超えられない番組を作ったという自負があります。20回の放送を見届けた後も、ふとした折に林下一家のことを考えます。ある時、ネットで清志さんが子どもや孫と一緒に写る写真を見つけたんです。みんなが笑顔で、清志さんがまた大家族に囲まれていて、それを見た時すごく安心しましたね」(同)

デイリー新潮取材班

2021年6月28日掲載

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