なぜ今バブルの象徴「ボエム」に若者が集まるのか 酒類を堂々と提供、換気で開放的な雰囲気に(古市憲寿)

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「ボエムがいけてる若い子たちで大盛況だったの!」

 バブル世代を謳歌した、とある女社長から興奮気味に伝えられた。

 ボエムとは「カフェ ラ・ボエム」のことで、東京や横浜等に13店舗を構えるイタリアンレストランだ。

 1号店のオープンは1980年だが、80年代後半から90年代にかけて「トレンディ」な店として大流行した。特に東京でバブルを経験した人々は大抵、ボエムに一家言ある。

 当時はイタリアンが「ご馳走」で、その中ではコスパのいい店だったらしい。バブルの影響なのか店内に巨大な池があったりする。よくドラマの撮影でも使用され、松嶋菜々子さんがゲストの「古畑任三郎」でも、白金のボエムが登場していた。

 しかし新興のレストランが相次いで開業する中で、ボエムも苦境に立たされる。経営するグローバルダイニングの株価も、20年近く長期低迷を続けていた。大箱のため、結婚式の2次会などで使われることはあっても、もはや「トレンディ」感は失われていた。

 新海誠監督の大ヒット映画「君の名は。」では、ボエムらしき店が登場する。主人公の瀧くんが、アルバイトをしているのが新宿御苑店らしいのだ。劇中では「東京」の象徴としてボエムが描かれていた。

 映画公開時、思わずプロデューサーに連絡してしまったことを思い出す。「何で今さらボエムなの」と。バブル期が舞台ならいいが、作中の時間は2016年のはずである。プロデューサー曰く、四谷に住む高校生のリアルなバイト先ということだった。

 そんなボエムが劇的な復活を果たした。きっかけは、飲食店に対する時短や禁酒の要請・命令である。粛々と従う、闇営業をする、など対応が分かれる中で、ボエムを経営するグローバルダイニングは真正面から行政に反旗を翻した。

 時短命令は憲法違反だとして、東京都に損害賠償を求める訴えを起こしたのである。その上で、都の要請には応じず、酒類の販売や午後8時以降の営業を堂々と行う。系列のモンスーンカフェや権八も同様の対応だ。きちんと告知されているから、行列ができるほどの大盛況というわけである。

 注目すべきは「いけてる若い子」までがボエムに集まっているという点だ。定点観測をしている女社長によると、バブル世代を懐かしむ中高年の姿は目につかないという。ボエムが「いけてる若い子」で埋まるなんて数十年ぶりではないか。

 しかも換気をよくするため、窓が全開で、楽しそうな店内の様子が丸見えだという。それに釣られて、蛍光灯に集まる虫のようにお客さんも寄ってくるのだ。

 しばらくボエムは「いけてる店」になるのかもしれない。そういえば、百貨店が不合理な営業自粛を求められた時も、空気を読んで他社に追従した伊勢丹よりも、高島屋が格好よく見えてしまった。

 アフターコロナ時代、リモートワークが定着するのかと同じくらい、ボエムの客筋も観察対象にしたい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2021年6月17日号掲載

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