インテリジェンスと権利自由を両立させる――小林良樹(明治大学公共政策大学院特任教授)【佐藤優の頂上対決】

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今後は誰がテロを起こすか

佐藤 先生は昨年、『テロリズムとは何か』(慶應義塾大学出版会)を出版されました。その中で紹介されているデイビッド・ラポポートは、テロリズムを時代別に「無政府主義者の波」「反植民地主義者の波」「新左翼の波」、そして「宗教の波」があると分析しています。新左翼の波は日本にもピッタリ当てはまりますが、今後のテロは何が主流になっていきますか。

小林 欧米先進諸国の最近の研究の動向を見ると、極右主義に基づく国内テロへの関心が高まっています。

佐藤 国家主義的なテロリズムですね。ただ私はこれを右翼左翼に分けないほうがいいと思っています。

小林 欧米でも実際には「極右テロ」に関する学術上の定義はありません。アメリカの場合、白人至上主義やキリスト教保守主義、反政府主義などに基づく国内テロを「極右テロ」と呼んでいます。

佐藤 日本共産党は、昨年の第28回党大会で中国非難を激化させるなど、ナショナリズムに傾斜しています。それで党勢を拡大しようとしているのですが、これが閾値(いきち)を超えると、左翼から非常に危険な国家主義が出てくることになる。

小林 「極右テロ」の概念は、各国ごとに丁寧な内容の検討が必要だと思います。

佐藤 他に私が懸念しているのは「環境」です。そこにヴィーガニズム(完全菜食主義)などが入ってくると、先鋭化しかねない。また、グレタ・トゥンベリさんに共鳴して、毎週金曜日に学校を休んで、温室効果ガス削減を訴えている高校生たちがいますね。そういう活動をしていると、学校や友達から疎外されるようになります。そこへ新左翼の残党が接触してきたりすると、一気に過激化する恐れがある。

小林 欧米でも、地球解放戦線(ELF)、動物解放戦線(ALF)など、環境問題に取り組む過激なグループは以前から注目を集めています。

佐藤 そうしたものも含め、これから必要になるのは「思想の研究」だと思います。近代法の原則は、内心の自由を認めて踏み込まないことですが、それは心の中で考えていることと行動の間に、かなり距離があることが前提です。でも思想即行動、信仰即行動という集団もある。インテリジェンスはそこを注意深く見ていかなければならないと思います。

小林 背景にある過激主義の内容まで理解することは重要だと思います。他方、人権とのバランスには注意が求められます。アメリカの例をみると、白人至上主義などに関連する国内テロ対策は、イスラム過激主義関連の国際テロ対策以上に微妙な問題となっています。

佐藤 彼らは政権の支持者で、不満を抱えた人たちの代弁者でもありますからね。

小林 今後、日本の安全保障状況が一層困難なものになるとすれば、インテリジェンス機能の強化が必要になってきます。権利自由の保護とインテリジェンスの強化は両立しないとする見方もありますが、私は必ずしも両者を二者択一と考える必要はないと思います。国や社会の安全を守るためのインテリジェンスの強化を認める一方、これに対する適切な民主的統制を確保することでバランスを図ることも可能と考えられます。理論的には、適切な民主的統制を受けることは、インテリジェンス機関に対する国民の信頼と正統性の確保に繋がります。

佐藤 そこは大きなポイントですね。

日本の監督機関

小林 欧米先進諸国では、議会による監督の仕組みが整備されているのが一般的です。アメリカでは、連邦議会の上下両院にそれぞれインテリジェンス問題を専門に担当する委員会が設置されています。

佐藤 そこではインテリジェンスの秘匿性を巡って、非常に激しいせめぎ合いがありそうですね。進行中のオペレーションも知らせるのですか。

小林 国によって制度は異なりますが、アメリカの場合は機微に触れるオペレーションに関しても、議会に適宜報告されています。例えば、11年5月のビンラディン掃討作戦の際にもCIAから議会に対して適宜報告がなされていました。こうしたやり取りを可能にするべく、議会側でも秘密保全のためのさまざまな制度が整備されています。

佐藤 そうした対外情報活動をやろうと思ったら、身分偽装を法的に担保する必要があります。国際的には身分偽装できない国の方が少ないと思いますが、日本はそれができない。

小林 もし対外情報収集活動を本格的に実施するのであれば、外国での違法な活動を自国では免責するような法的措置が必要です。

佐藤 日本にも人材はいます。それから予算も付けられる。問題は身分偽装です。こればかりは個人のリスクではできない。緊張関係のある国に行って要人と親しくなるには、バックアップが必要です。

小林 アメリカのCIAは、9・11事件の後、欧州をはじめ諸外国において非常に積極的なテロ情報収集活動を行いました。その結果、CIAのイタリア支局員らが現地当局によって訴追され、有罪判決も出ています。もっとも、その前に当該支局員たちは帰国済みで、米国では特段、罪に問われていません。

佐藤 国内で体制が整っているからそこまでできるわけですね。日本にはインテリジェンス活動を監督する機関はあるのですか。

小林 14年に衆参両院に「情報監視審査会」が設置されました。ただしこの審査会は、特定秘密保護制度の運用の監督を目的としています。したがって、インテリジェンス機関の行う特定秘密保護制度の運用には監督権限がありますが、それ以外の活動には権限が及びません。

佐藤 アメリカの委員会とは性格が違いますね。

小林 確かにアメリカなどのインテリジェンス機関に対する包括的な監督機関とは異なります。ただ権限の範囲が限定的な点を除けば、他国の制度に匹敵する仕組みを備えています。例えば、秘密保全です。この審査会は秘密会が原則です。保秘の措置が施された特別な議場で開催され、議事録も非公開です。こうした仕組みは、インテリジェンス機関に対する監督機関にとっては必須です。一方で、審査会は支障のない範囲で活動内容を年次報告書として公表し、バランスをとっています。

佐藤 報告書があるのですね。

小林 公開された報告書を読むと、限られた権限の範囲内ではありますが、インテリジェンス業務に関する活発な審議が行われている様子がうかがえます。例えば、インテリジェンスの実務上の慣習であるサード・パーティ・ルール(提供された情報を提供者の承諾なしに第三者に渡してはならない)やニード・トゥ・ノウ(本当に必要な相手とだけ情報を共有する)の在り方が議論されています。議員側のインテリジェンス・リテラシーの向上やインテリジェンス機関と議会の相互信頼の向上に役立っている様子がわかります。

佐藤 メンバーとなる国会議員は当然、公表されていますよね。

小林 両議院のホームページに載っています。

佐藤 破壊活動防止法の調査対象団体となっている共産党の議員が入ることもあるのですか。

小林 制度上、委員は、各会派の所属議員数の比率に応じて割り当てられることになっています。

佐藤 議会の統制という形で国家機密に触れるわけで、そこは心配です。法的な枠をはめると同時に、運用もきちんと見ていく必要があります。

小林 インテリジェンスに政治的な党派性を持ち込まないようにする議会側のリテラシーは重要です。

佐藤 その上で、審査会をどう改革すればいいとお考えですか。

小林 インテリジェンス機関の権限が拡大されるのであれば、理論的には審査会の権限も拡大して適切なバランスを取ることも一つの考え方だと思います。具体的には審査会の目的を特定秘密保護制度の運用の監督から、インテリジェンス機関に対する包括的な監督に変えることです。そうした変更が必要か否かを決定するのは、言うまでもなく立法府であり国民ですが、この審査会制度は、インテリジェンスと権利自由の両立を図る上での一つのカギではないかと思います。

小林良樹(こばやしよしき) 明治大学公共政策大学院特任教授
1964年東京都生まれ。東京大学法学部卒、早稲田大学博士(学術)。1987年警視庁入庁。同庁外事1課課長補佐、香港総領事館領事、米国大使館参事官として外事・国際テロ関連業務に従事。埼玉県警警務部長、高知県警本部長などを経て2016年内閣情報調査室・内閣情報分析官に就任。19年に退官し、同年より現職。

2021年6月3日号掲載

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