「加藤一二三」「屋敷九段」「神谷八段」…大記録を破られた棋士たちが「藤井聡太」にアドバイス

国内 社会 週刊新潮 2021年5月27日号掲載

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 今月まで公式戦半年間負け知らずの19連勝を果たすなど、将棋の藤井聡太二冠(18)の勢いは留まるところを知らない。果たして死角はあるのか。将棋ライターの松本博文氏が、記録を破られし3人の“伝説の棋士”たちにインタビュー。若き天才への助言を聞いた。

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 2020年は、藤井聡太が史上最年少の17歳11カ月で初めてタイトルを取った年だった。

 後世の将棋ファンはおそらく、過去をそんなふうに振り返るだろう。藤井の歩みはいずれ、将棋界の正史と同義となる。それはほぼ間違いない。以下同様に語るとすれば、2016年は藤井が史上最年少14歳2カ月で四段昇段(プロ入り)した年であり、17年はデビュー戦以来無敗で史上最多の29連勝を達成した年だ。

 2020年度だけでも、藤井は3一銀(棋聖戦第2局)、8七同飛成(王位戦第4局)、4一銀(年度最後に17連勝を決めた一局)など、歴史に残るような一手を次々と盤上で披露した。

 藤井の図抜けた実績は、成績記録や最年少記録にも表れてくる。藤井の盤上の指し手を理解するには、それなりの将棋の実力が必要だ。一方で記録は将棋のルールを知らなくてもわかる。世間が注目するのは、むしろ記録の方かもしれない。

 本稿ではそれをダイジェストにまとめ、さらに藤井が登場する以前、何十年と破られることなく記録を保持していた、屋敷伸之九段(49)、神谷広志八段(60)、加藤一二三九段(81)に改めてインタビューをおこない、当時のこと、現在の藤井のことなどを尋ねた。

趣味は競艇

「アドバイスですか? ないですね。格としては向こうが上ですので、こちらがいろいろ伺いたいです」

 先輩として藤井二冠に助言はあるだろうか。そう尋ねると、屋敷は笑ってこう答えた。

 屋敷九段は早熟の棋士だ。タイトル挑戦(17歳10カ月)と獲得(18歳6カ月)を史上最年少で達成。直前に羽生善治(現九段・永世七冠資格保持者)が作った挑戦19歳0カ月、獲得19歳2カ月という記録を破った。昨年6月、藤井が棋聖位に挑戦、7月に獲得するまで31年間の長きに亘って残り続けた大記録である。

 屋敷は1972年生まれ。70年生まれの羽生の少し歳下にあたる。

 棋士の養成機関である奨励会に入会したのは中学2年。のちに一流棋士となる少年の中では、比較的遅かった。藤井は同じ中2のときに、棋士として認められる四段に昇段している。

 屋敷が頭角を現すのはあっという間のことだった。奨励会を記録的な速さで通過し、1988年、16歳でプロ(四段)となった。デビュー後も勝ちまくり、順位戦(名人一人を頂点とし、その下で5組に分かれたピラミッド式のリーグ)C級2組を1期で抜けた。

「どれくらいやれるのか不安もありましたけど、勝てたのが自信になっていた」

 若手時代の屋敷は「おばけ」とも「忍者」とも言われた。旧来の棋士には理解できないような感覚の手が次々と飛び出してくる。

 シーズンフル参戦の1989年度。屋敷は棋聖戦でも勝ち進んだ。トップクラスをなぎ倒し、はたから見れば、実にあっさりと棋聖挑戦を決めた。まだ17歳だった。

 屋敷は大変な快挙を成し遂げた。しかし当時と今とでは状況は大きく異なる。屋敷の記録は、藤井のときほどに騒がれたわけではなかった。

「将棋界での注目はあったかもしれないですけど、世間的には雑誌の見出しでちょっと出るぐらいでした」

 対して今の将棋界は、

「かなり注目度が上がってるんですね。いろんなメディアで取り上げられますし、ネットでもすぐ速報される。特に藤井さんに関しては将棋の強さだけではなく、食事などいろんな面で注目されてます。ファン層が広がって、世間にかなり認知されてきたんですかね」

 若手の中で藤井が突出している現在とは違い、屋敷の新人時代には羽生をはじめ、森内俊之九段(十八世名人資格保持者)、佐藤康光九段(永世棋聖資格保持者)など、10代新人の台頭がめざましく、屋敷だけが注目されているわけでもなかった。

 タイトル戦初登場の屋敷は、中原誠棋聖を相手に善戦したものの五番勝負を2勝3敗で敗退した。しかし、その翌期、屋敷は2期連続で挑戦者となる。そして今度は3勝2敗で制し、18歳で初タイトルを獲得した。

 先に述べた通り、屋敷の17歳挑戦&18歳獲得は、空前の最年少記録として残り続けた。とはいえ、屋敷自身はその記録を意識してはいなかったという。

 屋敷の記録をおびやかす有力な候補としては、渡辺明・現三冠(1984年生)の名が挙げられたが、

「若くて強い棋士はたくさん出てきます。しかしあれだけ強い渡辺さんでも記録には届かず、その後、記録自体が騒がれることはなかった。もちろん名誉な記録ではあるんですけど、正直、自分自身意識することもなかったんです」

 時を経て、屋敷よりも30歳下の藤井少年が現れた。藤井が最年少デビューしたとき、屋敷は自身が持つ最年少記録をすぐに抜かれると予想したのか。

「正直、そこまでの感じはなかったですね。もちろん藤井さんはすごく強い。デビュー戦以来ずっと勝ちまくっていたので、当然相当なところまでくるだろうという感じはしてました。しかしすぐに記録更新までは考えてなかったです」

 さすがの藤井も簡単にタイトル挑戦はできない。しかし、その日は近づいた。2020年6月。デビュー4年目の藤井の棋聖挑戦が目前に迫ると、屋敷への取材もピークに達した。

「非常にありがたいことですね。どんなことでも注目していただけるのはいいことですので」

 藤井は強敵をなぎたおし、ついにタイトル挑戦を決めた。挑戦時17歳10カ月20日。屋敷の記録をわずか4日抜いた。そして17歳のうちに棋聖を獲得し、そちらの記録もまた更新した。

 屋敷は記録を抜かれたことについて「さびしい」などの感情は湧かなかったのだろうか。

「どうでしょうね……。そろそろという感じがしてましたから」

 藤井は棋聖奪取の1カ月後には王位を奪取し、現在、二冠を保持している。

 他方、屋敷は棋聖奪取後、一度は防衛したが、翌年に奪われ、しばらく無冠の日々が続いた。タイトルの重みはやはりあったのか。

「やはり環境が変わりましたね。それまでは先輩と当たると下座に座っていましたが、上座を勧められる。実力的にまだまだだと思っていましたので、違和感はあった。公務や取材も増えました。もちろんタイトルを獲ったということで結果を求められますが、トップ棋士と当たることが増えたので当然勝てなくなる。技術的、精神的なバランスの取り方が難しかった」

 屋敷は若い頃から競艇が趣味だ。その縁で現在は日本モーターボート選手会の理事も務めている。勝てない頃は「競艇場でスポーツ新聞の詰将棋を解くぐらいしか勉強していない」とも言われた。実際は、努力を外に見せなかっただけだ。

「自分なりには打ち込んでいたので。すべてを含めて実力なんですね」

 7年後には再び棋聖位を獲得。十数年前からは禁酒をしてコンディションを整えている。

「自分への不甲斐なさもあり、酒をやめたらどうなるだろうかと思ったんです。そうしたら勝ち星が積み重なった」

 屋敷と藤井は過去に2回対戦し、いずれも藤井が勝っている。両者は現在実力者ぞろいで「鬼のすみか」と呼ばれるB級1組に所属している。藤井は現在順位戦で22連勝中。森内九段が持つ最多記録26連勝に迫っている。もしこのまま藤井が勝ち続ければ、屋敷と24連勝を懸けて対戦する。屋敷はストッパーとなれるだろうか。

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