高齢者への接種開始「コロナワクチン」は我々を救うか 知念実希人×忽那賢志

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ローマ教皇まで

知念 今回承認されたのはファイザー社製のメッセンジャーRNAワクチンですが、世界中でかなりデータが出て発症を95%防ぐという極めて高い有効性が分かっています。日本でも、わざわざ自国民を対象に第1相、第2相の治験まで慎重にやってデータも豊富にある。ワクチンへの誤った情報や疑問について、反論や情報提供をしやすい環境にはなっています。

忽那 日本に先駆けて、米国ではワクチン接種者が1億人を超えました。

知念 全世界でもう3億人くらいいっているのではないですか。

忽那 そのようなデータを吟味しながら、個々人が接種をするかどうかを決められる環境が出来ています。

知念 ワクチンが不安だと口にされる方の多くは、「ちゃんと治験をやったのか」「接種は人体実験では」と言いますが、世界中で億単位の人が打ち、さらにアメリカの大統領やローマ教皇までが打っています。それでも反論する人がいる。「普通、ワクチンの開発は10年かかるだろう」と。その通りですが、今回は世界中からお金が集まり、経済的なリスクを考えず開発に集中できた。あと、やっぱり欧米の感染爆発が、治験が速く進んだ大きなきっかけでしたよね。

忽那 欧米は感染者が一番多い地域であり、当事者意識が高い。アメリカにおいても、これまでのワクチン開発の流れと比べれば短いですが、必要な工程はしっかり踏んでいます。進捗状況を政府と随時共有して、安全性の検証をしながら開発を進めることで期間を短縮できました。

知念 そうした事情をきちんと説明すれば不安は消えると思います。不安な人にとってはそもそもRNAが何なのか分からない。遺伝子と聞くだけで怖いとか。これはとても不安定な物質で、だからこそマイナス70度で保管しなくてはいけないけれど、体内に入ったら1週間くらいで消えちゃいますよね。

忽那 そうです。数日で代謝されてしまう。

知念 なのに、時々「メッセンジャーRNAは体内で永遠に残る」とか言ってしまう方もいる。

忽那 自分の遺伝子に取り込まれちゃうとかね。そういうことはないですよ。

知念 遺伝情報は基本的に、RNAからDNAには伝達されないという、セントラルドグマのシステムがあるし、そもそも細胞核内にメッセンジャーRNAは入れない、DNA自体には触れられないという二つの科学的な根拠がある。そういった誤解というか、間違った世間の恐怖は消してあげたいと思います。ところで先生はワクチンを打たれました?

忽那 私は3月中旬に接種することができました。まだ接種を実施できていない医療機関も多いようですね。

知念 僕もいつ打てるのか分からないけど、先生のような日々患者さんに接する方を優先してほしい。

変な後遺症

忽那 私が懸念するのは、リスクの高い人が優先的に接種しても、その後にリスクの低い人、若い人に順番が回ってきた時に接種率が上がるか否か。ハイリスクの人たちが打つことで重症者は減るとは思いますが、集団免疫を実現するためには、若い人たちまで打たないと意味がない。自分にだけ免疫がつくという話だと、若い人は「どうせオレは重症化しない」と打たなくなるのではと心配しています。

知念 最近、アメリカでは若年層の間で「ロングコヴィッド」という変な後遺症が報告されています。僕の外来にも、若い人で治療が終わって2カ月くらい経つのに、“息が苦しくて仕方ない”などと訴える方が来ます。

忽那 胸痛や倦怠感が、4カ月、半年経っても続く患者さんもいます。

知念 感染しないに越したことはない。そういう病気だと僕は思っています。

忽那 軽症者や無症状だった人でさえ、後から倦怠感が出たりしています。感染から2カ月経っても、2割くらいの人が後遺症を訴えているという話もある。1億人の患者がいる感染症で、2カ月経っても2割の人が症状を訴えているのは、相当なインパクトですよ。本当に怖い病気です。

知念 その怖さが若者にまで伝わっていませんよね。少なくとも接種が順調にいけば、若者たちが大学に通いスポーツをできる状態が、今年の末頃までには実現するかもしれないですよね。

忽那 あのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)が、ワクチンを打った人は家庭内とか睡眠時は「マスクを外していい」とガイダンスを出した。終わりが見えてきたというか、良い話題だと思いましたね。変異株の広がり次第ではどうなるか分かりませんが、早く日本もそうなってほしい。

知念 いい話題ですね。あとは日本がどれだけのスピードで接種できるか。普通の冷凍庫で2週間ほど保管できるようになったので、ウチのようなクリニックでも扱えます。日本はかかりつけ医制でクリニックが多く、この前などはインフルエンザのワクチンを、1~2カ月の間に6400万人分打てた。今回もうまく運べばそのようにできますが、一方で世界ではワクチンの取り合いが起きている。正直、僕もここまで効果のあるワクチンができるとは思っていませんでした。呼吸器感染症だから6割くらい発症を防いでくれれば御の字と思っていたら、想像以上に強いワクチンができた。もし変異株で、既存の免疫をすり抜けるエスケープ変異みたいなのが現れても、ワクチン自体は数週間で新しいのができると思いますが、この治験はどうなりますか。

忽那 そうですね。そこはまた研究承認という形になると思っています。南アフリカの変異株については、現行のワクチンの効果が下がるだろうと言われています。中和活性が、大体3分の1くらい落ちるとする基礎実験の結果が「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に出ていますが、全く効かなくなるわけではない。ワクチンの効果がなくなるわけではないので、変異株の広がりを警戒しつつ、早急にワクチン接種を進めていくことが大事だと思います。

知念 接種を続ける中で、追加のワクチンが必要になるようなイメージですか。

忽那 そうですね。季節性インフルエンザワクチンのように、年に1回、その時の流行株に合わせて追加のワクチンを作ることになるかもしれないですね。

メリットの方が大きい

知念 この新型コロナは動物にも感染するので、消えることは絶対ないと思う。最終的な終わり方は、みんながある程度ワクチンを打ち、致死率が下がってインフルエンザみたいに馴染むか、もしくは、ワクチンを打っていない人たちの間でエピデミック(特定の地域で短期的に起こる集団感染)を起こす程度になるか。どちらかになる気がしますが、感染症の専門家の皆さんはどうお考えでしょうか。

忽那 私は先生がおっしゃった前者の方じゃないかなと思います。皆さんがワクチンを打つことによって、重症者や亡くなる人が減り、人類の脅威としての度合いも下がっていく。そうなれば、社会全体でコロナに対するガードを上げている状況が、だんだんと緩んでいくと思います。オンライン会議とかは絶対なくならないと思いますが(笑)。

知念 楽ですもんね(笑)。そうなるかどうかは、ワクチン接種のスピードによって変わってきますよね。

忽那 そうですね。あとは変異株の広がり次第ですね。

知念 ただ、変異株が出る速さは、感染が広がれば広がるほど上がります。

忽那 そうそう。それはやっぱり伝播が起こる回数と比例して、変異が起こりやすいはずですから。とりあえず感染者数をしっかり抑え、今のうちにワクチン接種を広げるのが、一番正しいやり方だと思いますね。

知念 まずワクチンをしっかり打って、その状況次第で対応を考えていく社会へと最終的にはなっていくのかなと。誰もが、自分だけでなく周囲の人を守るためにもワクチンを接種して、早くかつての日常が戻ってきてほしいと願います。

忽那 やっぱり、副反応のこともあるし、ワクチンの成分にアレルギー反応を示す人もいる。みんながみんな打つというのは難しくても、基本的にはほとんどの人が問題なく打てる状況にはなった。副反応と効果を天秤にかけるなら、今のところは大半の人にとってメリットの方が大きいと個人的には思っています。最後は個々の判断になるので強制はできませんから、我々も正確な情報を提供していくしかありません。これを機に、皆さんも正しい情報を吟味する習慣を身につけていただければと思います。

知念 米国では第2次大戦を超える数の死者が出て、世界的に大きな経済的損失が生じている現況で、これはもうウイルスを相手にした「情報戦」だと思います。我々医療者も積極的に情報提供をしていくので、新潮さんをはじめメディアの方々もみんな一丸となって、ウイルスに立ち向かっていきましょう。この一年、暗くて長いトンネルにいた気持ちでしたが、ワクチンの登場でようやく光が差してきた、出口が見えてきましたから。

知念実希人(ちねんみきと)
小説家・医師。東京慈恵会医科大学卒業。2004年から医師として勤務。12年『誰がための刃』で作家デビュー。18年『崩れる脳を抱きしめて』で広島本大賞、沖縄書店大賞を受賞、本屋大賞にノミネート。他に『天久鷹央』シリーズ、『螺旋の手術室』『ひとつむぎの手』など著書多数。

忽那賢志(くつなさとし)国立国際医療研究センター 国際感染症センター 国際感染症対策室 医長 国際診療部 副部長(兼任)
感染症専門医。2004年山口大学医学部卒業。12年より国立国際医療研究センター 国際感染症センターに勤務。感染症全般を専門とするが、特に新興再興感染症、輸入感染症の診療に従事し、水際対策の最前線で診療にあたっている。

週刊新潮 2021年4月15日号掲載

特別対談「高齢者への接種開始 『コロナワクチン』は我々を救うか」より

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