高齢者への接種開始「コロナワクチン」は我々を救うか 知念実希人×忽那賢志

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 高齢者を対象にした新型コロナウイルスのワクチン接種が本格的に始まる。終わりの見えないコロナ禍に差す、一条の光明となるか。現役医師の小説家・知念実希人氏と、最前線で治療にあたる感染症専門医の忽那賢志氏が、ワクチンの可能性と見通しを語り合った。

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知念 僕は小説家として執筆活動をメインに過ごしていますが、医師としても週1回はクリニックで診察をしています。発熱患者が特に多かったのは、昨年の年末から年始にかけて。多い時は1日20件くらいPCR検査を行い、3、4人の陽性者が出ました。最終的には、忽那先生が勤められているような受け入れ可能な病院にお任せする状況でしたが、現状では陽性が1週間で2、3人出るか出ないか、というところまで落ち着いてきましたね。

忽那 私共の病院では、コロナ患者さんの外来も入院も担っておりますが、知念先生もおっしゃった通り、年末から1月いっぱいまで患者さんが多く、特に1月中旬くらいまでは常に満床でした。入院依頼も半分くらいはお断りしていましたが、今はコロナの入院患者さんもかなり減り、ようやく一息ついた状況です。

知念 先生の勤務先は新宿区ですよね。歌舞伎町でクラスターが大発生しましたし、一年を通じてあの病院は本当に大変だろうなと思っていましたが……。

忽那 昨年1月、武漢からチャーター便で帰国した方々を、他の医療機関へ搬送された10人を除き当院で全員PCR検査しました。その後、ダイヤモンド・プリンセス号でも感染者が出て、ちょっと落ち着いたかなと思った矢先に第1波が襲来、もう1年以上、コロナ対応ばっかりやっています。

知念 当初、WHOは家庭内の濃厚接触者くらいしかヒト・ヒト感染は出ていないとの情報を出していたはずが、ダイヤモンド・プリンセス号からどんどん陽性患者が出てきてしまいました。

忽那 おっしゃる通り、最初はこの感染症がどういうものか皆がよく分からなかった。WHOはもとより、日本政府も専門家も含めて、どうリスクコミュニケーションすべきか。正解を出せなかったわけです。例えば、発症前の無症状の時期でも人に感染させる力が強い点は多くの呼吸器感染症にない特徴ですが、流行当初からそれを疑うことは難しかったと思います。

知念 僕も無症状の段階から感染すると聞き、全く信じられませんでした。SARSやMERSでは、肺炎がひどくなってから感染力が強くなり、院内感染を中心に広がるイメージでしたが、コロナは症状がある人を隔離するだけではどうしようもない。本当に困った感染症だと思いました。

忽那 今までの感染症の常識から言うと、にわかに信じがたい思いでしたね。これだけ感染が広がりやすく、かつ致死率が2%と非常に高い。社会への影響を考えれば、スペイン風邪以来の災害と言っていい。

知念 スペイン風邪は100年前ですからね。100年ぶりの大惨事。死者はスペイン風邪ほどではないけど、それでも世界で280万人を超えた。終わりが見えない状況を、感染症の専門家の皆さんはどう捉えていたのでしょうか。

忽那 当初は我々も終わりが見えませんでした。もちろん今も見えているわけじゃないですが、感染症には集団免疫という考え方があります。感染者が広がっていけば、いつかは終息していくという思いはありました。ただ、今回は思った以上に予防効果、発症予防効果に優れるワクチンが出てきた。これがどこまで終息に向けて効くのか。それを今、期待しています。

医療者の常識

知念 よく一般の方たちとお話しすると、ワクチンより治療薬を期待する人が多い。それが我々のような医療者と一般の方の大きな差なのかなって思います。インフルエンザにおけるタミフルみたいなものがあれば、コロナなんて怖くなくなると言う方がいますが、それは医療者の常識からしたら大きな間違い。タミフルだって特効薬というわけではなく、発熱の期間を短くするための薬です。忽那先生はヤフーなどウェブ媒体で上手に情報発信されていますが、その辺りの前提が、多くの人に理解されていない点についてはどうお考えでしょうか。

忽那 たしかに、世間の皆さんはすごく治療薬を期待しています。例えば、アビガンやイベルメクチンについても、はっきりと効果が証明されたわけではないから、メディアも含めて、科学的根拠に基づき落ち着いて議論しようという趣旨の記事を書いたのですが、“こいつは詐欺師だ”といった反応が返ってきてしまう。

知念 イベルメクチンは、最大規模のランダム化比較試験(RCT。被験者を無作為に複数の群に分け、治療の有無による効果を確かめる試験で、科学的根拠として高く評価される手法)で残念ながら有効性は確認できませんでした。やはり僕たち医者の常識に照らせば、抗生物質みたいな特効薬は、急性ウイルス性疾患に対してかなり厳しいという認識ですよね。

忽那 おっしゃる通りだと思います。効果があるとしても、ウイルスが増殖している発症後数日くらいのうちに投与しないといけない。コロナの場合、発症して数日くらいはウイルスが増殖して、しばらくしてから炎症が過剰に起こります。有効に働く時期が非常に短いことと、タミフルもそうですが、そこまで劇的に効くものではない点が難しいところです。

知念 なぜイベルメクチンがこんなに期待されているのか、僕には全く分からない。最初の方に出た論文も取り下げられましたよね。

忽那 そうですよね。ある企業がデータを捏造し、イベルメクチンがこんなに致死率を下げた、という話が出たのが始まりでした。あれから1年経ちますが、有効性の高いRCTは出ていません。

知念 現状でレムデシビルは投与されていますか。

忽那 酸素投与をしているような方とか、ハイリスクの人で肺炎像があれば、適用があるので投与します。レムデシビルも、恐らく発症後期、軽症の時期を含めると効果がある。RCTでふたつくらいは有意差ありで効果を示すものが出ています。コロナって、発症からの日数とか重症度によって効果のあるなしが全く変わるので、WHOのRCTで効果がなかっただけで「レムデシビルは無効」と騒ぐ人もいますけど、そういうものではないんですよね。

知念 治療薬はいろいろ作られていますが、特効薬にはならないと思いますので、早く日常を取り戻すためにも、僕はワクチンの接種が必要だと思っています。

忽那 ヤフーのアンケート調査などを見ると、日本人は「まだ様子を見たい」という傾向が強いですね。

知念 実効再生産数をみると、7割くらいの人の接種が最低限必要になると思いますが、現状で日本人の「打ちたい」と思う人の割合は6~7割と、ギリギリのラインです。日本人は慎重な国民性で漠然とした不安を覚えやすいので、「打ちたくない」という人の多くは「何となく分からないから」「何となく怖いから」と接種をためらっている。この「何となく」の部分を取り去るのが、医療者とメディアの仕事だと思います。

忽那 年明けから反ワクチン報道が目立ちました。不安を煽る記事もありますから、メディアも正しく科学的根拠のあることを報道してほしいです。副作用でも「日本人の何人にアナフィラキシーが出ました」ということは、ちゃんと伝えて頂いてよい。ただし、この間も「60代の人が、ワクチンを接種して3日後にクモ膜下出血で亡くなった」ということがありました。そこを「クモ膜下出血」という部分を伏せて、「接種後に死亡」というふうに書いた。それはちょっとフェアではないというか、報道の仕方に問題があります。

知念 そうですね。新聞もテレビもそういう報道がとても多かった。週刊新潮さんも記事では「くも膜下出血」と言及しているのに、誤解を生みかねないタイトルになっていました。ワクチンをめぐる報道については、僕も新潮社さんをはじめ小学館、文藝春秋、講談社、双葉社、光文社など、取引のある会社に連絡を入れました。ワクチンに不安を覚えるのは当然の反応ですが、それを煽るのではなくて正しい情報を提供する。そうしない限り、苦しむのは僕たち日本人で特に弱者が苦しむ。最も命に関わるのは高齢者の方々ですし、子供たちも16歳未満はワクチンを打てません。それ以外にも経済的に困窮している方々も大勢いる。そういう弱者のためにも、皆でワクチンを打たなければコロナ禍は終息しない。ここで不安を煽って皆が打たなくなれば、最終的にどのような結末を迎えるのか。メディアの方も知っておくべきだと思う。

忽那 専門家も正しい情報をきちんと発信していくことが大事ですね。今は医療従事者が、SNSを使って世の中に直接情報を広げやすい環境にありますから。普通に考えれば、世界各国でこれだけ打たれている中で、日本だけ独自な問題が起こるとは考えにくい。とはいえ、日本人にだけトラブルが起こる可能性がないかといえば、被害を受けた方も出ているので断言することは難しいですね。

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