「嘘」と「恐怖」で犯罪者は洗脳を実行する 福岡5歳児餓死事件と北九州・連続監禁殺人事件

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 福岡5歳児餓死事件には常識的には考えられない話が多く伝えられている。その謎を解くキーワードとして用いられているのが「洗脳」だ。5歳児の母親は、同時に逮捕された「ママ友」の洗脳下にあったのではないか、というのである。

「福岡」「洗脳」という単語から、記憶力の良い方は、20年近く前の「洗脳」にまつわる事件を想起されるかもしれない。同じ福岡県、北九州市で起きた連続監禁殺人事件である。

「家族同士」に殺し合いをさせ、7名が犠牲に

 2002年に発覚したこの事件は、主犯の松永太が言葉巧みに他人の家に入り込み、一家全員を監禁虐待によって奴隷同然にして、恐怖心を利用して家族同士を殺し合わせたという衝撃的なものだった。松永に洗脳された挙句に、常識を失ってしまった人たちが互いを殺し合うまでに追い込まれたのだ。密室で殺された「家族」は7人にものぼる。

 二つの「洗脳」事件で共通するのは、嘘によって恐怖心を植えつけて、相手をコントロールしていくという手法だろう。

 今回の福岡5歳児餓死事件では、別のママ友を「暴力団関係者」であるという嘘をでっち上げたうえで母親に恐怖心を抱かせていたと伝えられている。

 北九州・連続監禁殺人事件でも、松永が要所で嘘を巧みに用いて他人を操っていたことが判明している。この事件の全貌を描いた『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』(豊田正義・著)から、いくつか具体的なケースを見てみよう(以下、同書から抜粋、引用)。

 たとえば松永は知人男性の姉にあたる女性に対して、こんな話をしている。話に出てくる恭子(仮名)とは、男性の娘、つまり女性の姪にあたる。また松永はこの女性と恋愛関係にあった。

「実は恭子ちゃんのことで大変困っているんだ。恭子ちゃんが僕のカバンから150万円を盗んで、それが所長(注・恭子の父親)にわかって、恭子ちゃんはボコボコにされたから逃げ出してしまった。知り合いの福岡管区警察署の幹部に捜査してもらったから、詳しい情報がどんどん入ってくるんだけど、恭子ちゃんは不良グループに入っていて、覚醒剤の運び屋をやっている可能性もあるということなんだ。このままだと本当にまずい。僕も所長にひどく叱られてしまう。いま恭子ちゃんはおじいちゃんの家にいるらしいけど、連れ戻すために協力してほしいんだ」

 これは自分のもとから逃げ出した「恭子」を連れ戻すためにでっちあげた完全な嘘なのだが、恋愛関係にあるということもあって女性はすっかり信じてしまう。そして松永に協力してしまう。

 この知人男性、つまり恭子の父親は松永によってこの時すでに衰弱死させられている。財産もすべて吸い上げられた挙句、である。

 この知人男性の親友夫妻もまた松永の嘘の標的になっている。命こそ奪われなかったが、夫婦仲を壊されて、大金をせしめられたのだ。

 知人男性の紹介で夫妻にあった松永はまず偽名を名乗ったうえに「学習塾の講師」だと名乗る。京都大学卒で将来は物理学者になる予定だという。

 その後、松永は妻に手土産を渡したり、容姿や服装をほめちぎるなとして気を引き、夫婦生活の不満を聞かされるほど信頼されるようになった。そこで彼は彼女をクリスマスデートに誘う。そこで語った自身のことは次のようなものだ。

「僕の実家は、広島の村上水軍の当主なんです」「いまの塾講師の月収は100万円くらいですが、寺を借りて塾生を一定期間預かり、集中講義をするともっと高収入が手に入ります」

 次々に嘘を重ねて信頼を得て、この女性と関係を持つ。周到なことに、一緒に入ったホテルではアタッシュケースからビデオを取り出して、部屋のデッキで再生。相対性理論についてのNHKの教養番組を見せながら、自ら相対性理論を熱心に解説。

 これですっかり女性は、さすがは物理学者のタマゴだと感心する。さらに、アタッシュケースについても「兄が東大の医学部を出て、東京で医者をやっています。この鞄は兄からもらったものなんです」とさりげなく家柄をアピール。

 こんな仕掛けですっかり女性を信用させたうえで、松永は彼女にプロポーズまでしている。信じた彼女は離婚して松永のもとに走った。

 ところがその後、松永は態度を豹変させ、金を無心し、暴力を加えるようになる。通電、監禁、睡眠時間を奪う、栄養を与えない等々、あらゆる手段で次第に女性は「操り人形」(本人の供述)にされてしまうのだ。女性の受けた虐待の詳細はここではとても紹介できないレベルのものなので同書に譲ることとする。

 相手に合わせた巧みな嘘、通電や監禁なども含む暴力で、彼は周囲の人々を「操り人形」としていった。

殺人鬼・松永が語った“人生のポリシー”

 嘘と暴力に満ちた松永の人生を見ると、誰もが「なぜこんな酷いことをするのか」と思う。金が欲しいにしても、限度があるだろう、と。『消された一家』の中には、興味深いことに、松永が供述の際に語った「人生のポリシー」も紹介されている。

 その一部を引用しよう。

「私はこれまでに起こったことは全て、他人のせいにしてきました。私自身は手を下さないのです。なぜなら、決断をすると責任を取らされます。仮に計画がうまくいっても、成功というのは長続きするものではありません。私の人生のポリシーに、『自分が責任を取らされる』というのはないのです」

サイコパスに“狙われやすい人”とは

 残念ながらこういう人間は、おそらく一定数存在している。嘘や恐怖で他人を支配、洗脳して思うままに操るのだ。『消された一家』の著者、豊田正義氏に、今回の5歳児餓死事件の報道も踏まえての見解を聞いてみた。

「今回の事件の詳細はまだわかりませんが、いわゆるサイコパスによる洗脳事件として共通しているのが、被害者は極めてまじめで善良な市民だということです。本来、犯罪にはおよそ縁がないような人々ですが、気が弱く、お人好しで、だまされやすいという傾向があります。そういう人が利用される。

 松永のようなサイコパスは生まれつき人を洗脳することに長けていて、自分が責任を取らないで、人を利用して、いかにしてお金を儲けるか、ということしか考えていません。そして、常に獲物を狙っています」

 狙われるのはどういう人なのだろうか。

「気の弱い人、孤立しがちな人、対人関係が苦手そうな人、そうした獲物になるような人を嗅ぎつけたら、まず自分が最大の理解者であるかのようにして近づく。そして、相手の家庭状況、財産状況などを、巧みに根掘り葉掘り、聞き出すのです。相手の心に侵入することにおいて、だいたい天才的だと思っていい。

 松永は、女性相手の場合は、恋愛関係に発展させていきました。今回は、ママ友として頼れるお姉さんという感じで相手の心に侵入したのだろうか、と思いました。

 北九州・連続監禁殺人事件では子どもが2人犠牲になっていますが、今回の事件も1人の子どもの命が奪われてしまいました。本当に痛ましい限りです」

デイリー新潮編集部

2021年3月16日掲載

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