独立式典で「文在寅」が猿芝居 韓国大統領選挙の底流を読む

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「民族主義」で大統領選に勝つ

――なぜ、一知事の言動を大統領と比べるのでしょうか。

鈴置:2022年3月投票の次期大統領選で、現時点ではもっとも当選可能性が高いと見られているのが李在明氏だからです。

 世論調査会社、リアルメーターが2月22日から26日の間、「次期大統領は誰がふさわしいか」と聞きました。その結果、1位が李在明氏の23・6%でした。2位が15・5%でしたから、現段階では頭一つ抜けた存在です。

 李在明氏が親日勢力撲滅を謳いあげたのは当然、大統領選挙が念頭にあると思われます。「親日勢力」つまり保守候補を叩いたうえ、他の左派候補との差別化も図る狙いでしょう。

 この世論調査で2位は同率で2人いまして、1人は与党「共に民主党」の李洛淵(イ・ナギョン)代表です。左派ですが、李在明氏と比べれば穏健で常識派。東亜日報の東京特派員を務めたこともあって日本の政界に知己が多い。

 与党の大統領候補選びの過程で「軟弱な」李洛淵氏を追い落とすために李在明氏が強硬左派路線を打ち出す可能性が高い。すると李洛淵氏もそれに引っ張られ、党全体が左に寄ることになるでしょう。

野党ににらみを利かせる捜査庁

 そもそも与党内では学生運動出身者を中心にした強硬左派の議員が発言力を強めているのです。強硬左派に注目が集まったのは、彼らが重大犯罪捜査庁(捜査庁)を設立しようと言い出したためです。同庁は検察から捜査権を完全にはぎ取るのが目的です。

 韓国の検察は強権的政権の時代から強大な権力を誇り、未だに民主化の障害と見なされています。捜査庁設置は検察改革の一環との触れ込みです。

 当初、この案に青瓦台(大統領府)は難色を示しました。検事や裁判官を含む高級官僚を専門に捜査・起訴する機関「高位公職者犯罪捜査処」(公捜処)の設立を決め、今年に入りトップを選んだばかりです(「『公捜処』という秘密兵器で身を守る文在寅 法治破壊の韓国は李朝以来の党争に」参照)。

 さらには検察が捜査指揮権を独占していたのを改め、警察にも捜査権を与える「検警調整」も進行中です。検察には「汚職」「選挙」「経済」など6つの重大犯罪の捜査権だけを残し、その他の捜査はすべて警察に任せる方向です。

 という状況下で、強硬派議員が「捜査庁を設置し、6大犯罪の捜査権までも検察から取り上げよう」と言い出したのです。その構想では検察は一切の捜査権を失い、起訴権だけを持つことになります。

 捜査庁は法務部の直轄組織となる見込みですから、検察以上に政権の支配を受けやすくなります。「文在寅のゲシュタポ」と揶揄される公捜処は捜査対象から国会議員は除いていました。一方、捜査庁にそんな縛りはありませんから、政権は野党ににらみを利かせるには、より便利な武器となります。

 もっとも、青瓦台は捜査庁までつくるのはさすがにやり過ぎと考え、「時期尚早」と捜査庁の設置を柔らかく拒否した。

 韓国では青瓦台の力が圧倒的なので、捜査庁設置の要求はお蔵入りになると見られていました。ところが「共に民主党」が青瓦台の反対を押し切り、6月にも設置法案が通過の見通しとなった。

革命目指す586世代

――強硬派が青瓦台に逆らってまで捜査庁設置に動いた理由は?

鈴置:中央日報は社説「重大犯罪捜査庁のごり押し、レイムダック招く格好に=韓国」(2月25日、日本語版)で「検察の捜査対象となっている議員らが捜査・起訴から逃れるため」と説明しています。

 保守言論界の元老、柳根一(ユ・グニル)氏は朝鮮日報に寄せた「586強硬派のクーデター…尹錫悦が選択する時が迫った」(3月1日、韓国語版)で、捜査庁設立を主張する学生運動出身の議員らは革命を目指す強硬左派である、と断じています。その部分を訳します。

・彼らは「民族解放 民衆民主主義の革命」を滞りなく推進するには、盧武鉉(ノ・ムヒョン)・文在寅程度にとどまるのではなく、さらに燃え上がる革命独裁に行かねばならぬと考えている。

 柳根一氏の見方によれば強硬派は、国会で左派が圧倒的な多数を占めている今のうちに検察・警察などの司法権力をすべて掌握し、左派の永久独裁に道を拓くつもりなのです。

 なお、見出しの「586」とは日本でも有名になった「386世代」の変形バージョンです。21世紀に入った頃、「1990年代に30歳代で(3)1980年代に大学に在籍した(8)1960年代生まれ(6)」の人々は「386」と名付けられました。それから約20年たって彼らが50歳代になった今、「586世代」と呼ばれているわけです。

 「586」は他の世代と比べ、思想的には顕著に左寄り。極左と呼べる人もいます。反日はもちろんのこと、反米感情も根強い。1987年の民主化を体を張って実現した世代だけに自信を持っていて、社会的な発言力も大きい。京畿道知事の李在明氏も1964年生まれ。まさしく「586」の人です。

 そんな人々が大量に国会議員となったため、「左派政党のさらなる左傾化」が始まったのです。青瓦台が彼らに押されて捜査庁設立に動いたのも、その典型的な事例と見られています。

昔の独裁が生んだ「闇の子供たち」

 朝鮮日報が興味深い記事を載せました。「文キャンプ出身の弁護士、シン・ピョンからも『捜査庁は親文クーデター』」(3月4日、韓国語版)です。

 文在寅大統領の選挙対策本部に公益通報委員長として参加した弁護士のシン・ピョン氏が捜査庁に関し、フェースブックで以下のように主張したというのです。

・今、捜査庁設置を吠える人たちを絶対に「ろうそく革命の継承者」と呼べない。反対に、昔の暗い全体主義的統治から生まれた「闇の子供たち」である。
・捜査庁法案の核心は検察から捜査権を完全に剥奪すること以外の何ものでもない。制度的な仕組みもきちんと整えぬまま、検察の捜査権を大幅に警察に移譲しようとするのは「これではやっぱり足りない」と判断したからであろう。
・彼らは検察と裁判所、そして警察を掌握し、現在の政治基盤をひっくり返そうとの目的を持っているのではないか?そして彼らは再び権力を握り、政権の再創出を意図して極端な行為に出ているのではないか。

 文在寅陣営の人ですから当然、左派。韓国語で言えば「進歩派」です。その進歩派が強硬左派は議会制民主主義を転覆し、革命政権の樹立を目指しているのではないか、と疑っているのです。

 この弁護士だけではありません。進歩派の政治学者として尊敬を集めてきた崔章集(チェ・ジャンジプ)高麗大学名誉教授も586世代の政治家に疑念を表明しています。

 同教授の2019年12月の発言を、朝鮮日報の「崔章集『運動圏の民主主義、全体主義と似る』」(2019年12月10日、韓国語版)から拾います。

・(過去の)運動圏の学生たちが(現在は)韓国政治を支配する「政治階級」となった。軍部独裁を「絶対悪」と規定した過去の経験により、「民主主義対権威主義」、「善と悪」といった理念形態で民主主義を理解する傾向がある。
・多元的な統治体制では民主主義が劣化し直接民主主義こそが本当の民主主義と理解し、すべての人民を多数の人民の「総意」に服従させようと強制する考え方は結局、全体主義と同一の政治体制になる。

 韓国のオールド・リベラリストの間では、昔の権威主義体制が産み落とした極左への懸念が急速に高まっているのです。

検事総長への出馬待望論

――「極左」は次の大統領選挙に自分たちの候補者を出すのですか?

鈴置:大統領レースで先頭を走る李在明氏を担ぐと見る人が多い。同氏は学生運動出身者ではありませんが、財閥改革を訴えるなど妥協しない左派です。少なくとも、李在明氏の側は「極左」の支持も期待しているでしょう。

――保守は「極左」にどう対抗するのでしょうか。

鈴置:先ほど引用した、柳根一氏の寄稿「586強硬派のクーデター…尹錫悦が選択する時が迫った」に1つの答が示されています。見出しに「尹錫悦が選択する時」とあります。検事総長の尹錫悦(ユン・ソギョル)氏に大統領選挙への出馬を促したのです。

 リアルメーターの2月下旬の世論調査で、2位(15・5%)が同率で2人いると申し上げましたが、もう1人の2位が尹錫悦氏なのです。「左」と見なされていた人で、だからこそ文在寅大統領に検事総長に抜擢されました。

 しかし、文在寅政権の検察への介入が激しくなると敢然と抵抗し、罷免されかけました(「『公捜処』という秘密兵器で身を守る文在寅 法治破壊の韓国は李朝以来の党争に」参照)。

 左派からは「公捜処が発足したら起訴第1号にしてやる」と脅されるほど嫌われていますが、その硬骨漢ぶりに中道や保守の間で人気が高まりました。

 野党第1党の「国民の力」の中からも、尹錫悦氏を大統領候補に担ごうとの声が出ています。一部の保守は同氏の左派色を嫌いますが、自前の有力な大統領候補を持たない以上、背に腹は変えられない。

 韓国の大統領選挙は左右の政党が真ん中の無党派層を取り合う構図です。尹錫悦氏なら保守嫌いの人の投票も期待できますから、勝つ可能性がぐんと増します。

 次の大統領選挙で負ければ「与党になれない」だけではありません。公捜処や捜査庁が動き出して、保守政治家が根こそぎ刑務所に送られかねないのです。

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