独立式典で「文在寅」が猿芝居 韓国大統領選挙の底流を読む

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尹錫悦氏を念頭に出馬禁止法

――尹錫悦氏はどうするのでしょうか。

鈴置:3月4日に「この国を支えてきた憲法精神と法治のシステムが今や破壊された」として辞意を表明、直ちに大統領に受理されました。

 大統領選挙への出馬に関しては何も語っていませんが、辞意表明の際「今後どの場所にいようとも、自由民主主義と国民の保護に全力を尽くす」と述べていることから、出馬の意思は十分にあると見られています。

――このタイミングで辞任したのは?

鈴置:尹錫悦氏の出馬を阻止しようと「検事は辞任後1年間は公職選挙に立候補できない」との法律を与党が準備していました。この法案が成立すると、次回の大統領選挙に出馬するには3月9日までに辞任する必要があったから、と言われています。

 中央日報の「『国民を守る』…韓国大統領選挙1年先の尹錫悦氏、リングの前に立つ」(3月5日、日本語版)がそうした背景を詳報しています。

 政治的にも抜群のタイミングでした。「極左」が文在寅大統領も逡巡する捜査庁の設置に動いている。これまで三権分立の破壊を身を呈して防いできたけれど、ついに力尽きた――との、悲劇の主人公のイメージを世間に浸透させるのには最高の時期でした。

 なお、尹錫悦氏が検事総長を辞任した翌日の3月5日、与党は「捜査庁設置は先送りする」と言い出しました。新たな検事総長に左派を送り込めば検察は怖い存在でなくなるわけで、無理に捜査権を取り上げる必要は薄れたのです。

自爆呼ぶ強硬派の一所懸命

――次の大統領選挙では、左右どちらが勝つのでしょうか?

鈴置:1年以上先のことなのでとても予測できませんが、柳根一氏が先ほど引用した寄稿で面白い指摘をしています。

 韓国では権威主義的な政権の内部に、権力を延命しようと強引な手法を発動する強硬派が登場すると、その無理筋の手法によって逆に政権が倒れる、というのです。柳根一氏が挙げた3つの具体例を日本人向けに噛み砕いて引用します。

 1960年3月の大統領選挙で勝つために、李承晩(イ・スンマン)政権の強硬派は不正を繰り広げた。それを糾弾したデモ隊に対しても銃撃するなど無茶な弾圧を実行し、183人の死者を出した。政権内からも批判が高まり結局、李承晩大統領は下野する羽目に陥った。

 1970年代末、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の周辺は長期政権を狙う強硬派で固められた。彼らの強引な手法に本来は体制を支持するはずのカトリック教徒や釜山の商人たちが反発。混乱が激化した1979年10月、朴正煕大統領はKCIAの部長に殺された。

 1980年代の全斗煥(チョン・ドゥファン)政権では警察が強硬派の役割を務め、学生への拷問を繰り返し死者を出した。これに市民が憤激したため、1987年6月29日の民主化宣言を余儀なくされた。

 柳根一氏は「一所懸命やる強硬派の自殺行為」と皮肉な表現を使っています。

 保守の有力候補の不在で、左派の楽勝とも見られていた2022年の大統領選挙。一所懸命の「586」の捜査庁設置が、保守・中道をまとめる有力候補を生みかけているのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月8日掲載

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