菅首相は「総務省幹部接待」問題で“最悪の対応”をしたと言われる根拠

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 危機管理の失敗は本当に恐ろしい。アベノマスクが引き金となって戦後最長の政権は息の根を止められ、女性蔑視発言と謝罪の失敗によって元総理大臣はオリ・パラの輪から外された。人気絶頂の芸能人も不倫や反社会的勢力との交際が原因で、シャボン玉がはじけるように姿を消した。そして、菅義偉総理も、長男の接待問題を巡る対応で後手に回り続けている。一体、彼らは何を間違えたのか――。危機管理の専門家に改めて尋ねてみた。

(株)リスク・ヘッジの取締役でチーフオブザーバーの橘茉莉氏によれば、どれほど複雑で困難なトラブルに直面しても、それと対峙するには一定のフロー(流れ)があるという。

「日々のコンサル業務で重視しているのは、以下のようなフローです。

(1)発生した危機の事実関係を調べて、深刻度合いを解析する。
(2)対応の基本方針(戦略)を決める。
(3)最適な対応策(戦術)を企画・立案する。
(4)対応策を実行しつつ、効果測定をしながら軌道修正する。
(5)再発防止策や処分を発表して、信頼回復に努める。

 これは問題が発生した後、つまりは“事後の危機管理“の手順ですが、“予防の危機管理”も基本的には同じ流れと考えてください」

 その上で、危機管理の概念について、(株)リスク・ヘッジの代表取締役でヘッドアナリストの田中優介氏が答える。

「危機には『天災』によるものと、『人災』によるものがあります。その両方に『被害者の事案』と、『加害者の事案』があり、それぞれに『予防』と『事後』の危機管理があります。すなわち、合計で8つの領域があるということです。『天災』の『被害』の『予防』なら、地震に備える耐震性の強化など。『人災』の『加害』の『事後』なら、産地偽装事件を起こした際の謝罪や賠償などを指します。

 また、危機管理コンサルの業務は、『感知・解析・解毒・再生』という、4つのステージで構成されています。これは、8つの領域すべての危機に共通するものです。このステージは病気や怪我の治療と全く同じであることがわかります。症状に合わせて、適切な処置を施せばいいのですから、決して難しくはありません。着実に順番を守って行えば、ひと通りの危機管理ができるのです」

 それでは、危機管理にはどのような戦略や戦術があるのか。

「事後の危機対応の戦略は、『折れる・戦う・かわす・防ぐ』の4つしかありません。危機の本質(正体)を見極めて、どれかを選択するのです。

(1)折れる…こちらに非がある時には、言い訳や反論を抑えて謝罪する。
(2)戦う…相手の要求が不法なものなら、受け入れられない理由を述べて断る。
(3)かわす…戦えない相手(上得意)の事案では、焦点をずらして妥協点を見出す。
(4) 防ぐ…双方に理がある事案では、可能な限り押し戻した上で最後は司直の手に委ねる。

 最もやってはいけないのは、途中で戦略を変えることです。一方、戦術はその都度に練り直しますが、常に意識すべきは“観客の視点に立つこと”です。目前の相手だけに目を奪われると、“自分勝手”あるいは“卑屈”な態度をとってしまいます。そんな醜い戦術を選ばないためにも、常に第三者の目を意識するのです」

 具体例を挙げて説明してもらおう。
「菅総理の長男による、総務省幹部への接待を例にとってみましょう。

 総理は国会で野党の追及を受けた際に、週刊誌に掲載された記事の写真が長男かどうか“分からない”とし、さらに“長男と私は別人格だ”と発言しています。ご本人が意識していたかはともかく、『かわす』または『防ぐ』という戦略を選択したことになります。しかし、週刊誌の記事を読めば写真が長男であることや、接待自体に問題があることは明白で、本来であれば『折れる』が正しい選択でした。後になって『謝罪=折れる』に方針を転換しましたが、遅きに失した印象です。仮に“もし長男の接待が事実であれば、直ちに会社から身を引くべきです。私からも促します”と言っていれば、総理も、そして、長男自身もダメージを最小限に留めることができたでしょう」

 危機管理に必要な心構えについて、(株)リスク・ヘッジの取締役でシニアコンサルタントの田中辰巳氏が説く。

「すでに様々な分野で使われている言葉が応用できます。仏教の“諸行無常”もそのひとつ。万物は常に変化して、少しの間もとどまらない。これは危機管理にも当てはまります。

 絶えず世論は変化しています。人間関係も永遠に同じではありません。自分自身も驕りや慣れで変わっていきます。平等であるはずの法の裁き(罪)ですら、変化していきます。

 セクハラやパワハラが好例です。これらを見落とさない心構えが大切です。

 武術の世界にも参考になる言葉があります。たとえば、少林寺拳法の“八方目”という教えも危機管理にも大いに役立ちます。(1)マスコミ(2)株主(3)監督官庁(4)主力銀行(5)消費者(6)社員(7)仕入れ先(8)得意先などへ隈なく目配りをする。忘れてはならない心構えです」

 最後に危機管理の極意について尋ねると、

「極意というほどのものではありませんが、宮本武蔵が太陽を背にして戦ったように、“常に公益を背にして戦う”。そして、柔道の技と同じように、“相手の力を利用して戦う”。実際の危機管理の現場では、このふたつに留意してコンサルをしています。

“公益を背に”を事例で説明してみましょう。東京五輪の開催について国民の理解を求めるにしても“人類がコロナに打ち勝った証しにしたい”と言えば、どうしても政府の功名心が透けて見えます。そうではなく、“コロナで分断された世界を修復するために”という言葉を使うと公益を打ち出すことになる。

“相手の力を利用”する事例も示しておきましょう。不祥事を起こしてマスメディアから糾弾されそうな時には、積極的に取材を受ける機会を作るのです。批判記事の中に真摯な謝罪のコメントが掲載されれば、読者の処罰感情が和らぎます。新聞に謝罪広告を掲載するよりも効果があるので、巨額の経費削減にも繋がります」

株式会社リスク・ヘッジ
代表取締役 田中優介(ヘッドアナリスト)
1987年、東京都生まれ。明治大学法学部卒業後、セイコーウオッチ株式会社入社。2014年、株式会社リスク・ヘッジに入社し、現在は代表取締役社長。著書に『地雷を踏むな―大人のための危機突破術―(新潮新書)』『スキャンダル除染請負人(プレジデント社)』。

取締役 田中辰巳(シニアコンサルタント)
1953年、愛知県生まれ。慶応大学法学部卒業後、アイシン精機を経て、リクルートに入社。「リクルート事件」の渦中で業務部長等を歴任。97年に企業の危機管理コンサルティングを手掛ける、株式会社リスク・ヘッジを設立。著書に『企業危機管理実践論』など。

取締役 橘茉莉(チーフオブザーバー)
横浜国立大学卒業。住友生命保険相互会社を経て、株式会社リスク・ヘッジに入社。

デイリー新潮取材班

2021年3月5日掲載

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