警視庁「新捜査1課長」がやめられない「女子アナ兼記者」との飲み会

国内 社会 週刊新潮 2021年2月25日号掲載

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「弱きを助け、悪をくじく」──会見での勇ましいイメージは早くも崩れ落ちそうである。何しろ、警視庁新捜査1課長の福山隆夫氏は昨年、1カ月に2度も「女子アナ兼記者」との飲み会に参加。しかも、その一回では、彼女を公用車に乗せて自宅に送り届けていたのだ。

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 新捜査1課長が就任会見を行ったまさにその日、「伝説の1課長」の訃報が流れる──。無論ただの偶然に過ぎないのだが、何やら因果を感じさせるのだ。

 2月15日付で警視庁の第76代捜査1課長に就任した福山隆夫氏(54)の記者会見が行われたのは10日。「果敢に、そして謙虚であれ」がモットーだという福山氏は引き締まった表情で次のように決意を述べた。

「捜査1課員、一致団結して、弱きを助け、悪をくじく。被疑者を必ず、検挙いたします。そのためには捜査1課のみならず、鑑識、科捜研、SSBC(捜査支援分析センター)、そして、機動捜査隊との連携をしっかりと図り、必ず成果を上げます」

 新1課長が意気込みを語った同日夜、訃報が流れたのは第54代捜査1課長で「ミスター1課長」などと呼ばれた寺尾正大氏である。享年78。捜査1課管理官を務めていた1984年に「ロス疑惑」、理事官時代の91年に「トリカブト保険金殺人事件」を担当した。そして、95年2月28日の捜査1課長就任当日、東京都品川区でオウム真理教による目黒公証役場事務長・仮谷清志さん拉致事件が発生。以降、「地下鉄サリン事件」など、一連のオウム真理教に対する大規模捜査の陣頭指揮を執った。

 その後、警察学校長を務めて後進の育成にもあたった寺尾氏は、指揮官に求められる資質について以下のように語っている。

〈同じ病気を診ても治せる医者と誤診する医者がいます。それと同じように捜査指揮官だって、事件を解決できる指揮官とできない指揮官とがある。その差は何によるかといいますと、捜査指揮官の「判断力」なのです。指揮官が判断して間違ったらどうしようもない。指揮官が判断を間違っても、なんとかなることもあるが、捜査がうまく運ぶかどうかの鍵は、指揮官が握っていることは間違いない〉(岡田薫著『捜査指揮』より)

 それでは、新たに捜査1課長の重責を担うことになった福山氏は、指揮官に求められる「判断力」を備えているのか否か。“ある夜”の出来事における氏の行動から、それを見ていくことにしよう。

 昨年11月19日、鑑識課長だった福山氏は、東京・六本木にある焼肉店にいた。同席者は福山氏の同期で警視庁警護課長を務める宮崎勉氏、フジテレビ警視庁キャップの男性、そして、アナウンサーを兼務するフジの斉藤舞子記者(39)である。ちなみに、

「警視庁では新型コロナの感染拡大に伴い、会食は4人以下にとどめるよう職員に要請していました。が、幹部の多くは“自分が感染したら示しがつかない”ということで、会食自体を控えています。東京都などに再び緊急事態宣言が発令された後は、人数にかかわらず会食を自粛するよう職員に要請が出されています」(全国紙社会部デスク)

 福山氏は千葉県出身。千葉商科大学付属高校から千葉商科大に進み、89年に警視庁に入庁した。

「高校時代から野球をやっていたそうです。本人は甲子園には行けなかったのですが、息子2人は甲子園に出場しています」

 と、警視庁関係者。

「きさくな人柄で記者ウケは抜群。コミュニケーション能力が高く、組織をうまくハンドリングして動かしていくタイプ。大きな手柄こそないが、調整型で誰からも好かれる『敵がいない人』。通常、1課長になるのは56歳から57歳くらいのことが多いが、福山さんは54歳。それだけ優秀だということです」

 リップサービスなど望むべくもなく、記者から「冷たい」と評されることもあった“捜査の鬼”、寺尾氏とは真逆のタイプのようだ。

 警視庁側のもう一人の会食の同席者、宮崎氏は、

「父親が“鬼のみやちゅう”と言われ、伝説の公安警察官として数々の実績を上げた宮崎忠・元警視庁公安部参事官。息子は“みやべん”と呼ばれ、“親の七光りだけでのし上がった”と陰口をたたかれることもあります」(同)

 警護課長は警備部の中でも重要な役職だといい、

「仕事は、基本的にSPや官邸警備隊の統括で、総理大臣をはじめとする要人のスケジュールは全て把握しています。内閣改造の際も、誰が閣僚に抜擢されるのかという情報がいち早く入ります」(同)

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